薫の野郎猫的日常
2017年09月11日 (月) | 編集 |
2017年9月11日に保坂区長より見解が出ました。最悪の結果です。今日から世田谷区は児童への暴力容認になりました。世田谷区長があれは暴力ではない、「ギリギリ体罰ではない」と言ったのです。最悪。悪夢です。信じてたのに。誇りに思っていたのに。もう終わりです。保坂展人氏は私が思っていたような政治家でも教育ジャーナリストでもなかった。がっかりですよ。



「あんまり言及したくない例の一件だが、殴ったのは、それは経緯を問わず、悪いに決まってるけど、僕がやるせなかったのは、特にその直前の「なんだその目は!」という一言だった。あの言葉とセットになった、昔の暴力の記憶が際限もなく蘇って来て、憂鬱。」(作家 平野啓一郎氏)

「あの事象を受けて、安易に暴力を容認するようなことを無責任に言い放った全ての人に伝えたいだけだ。
あの件が全くの無名人、例えば学校の先生の振る舞いであっても同じことが言えるのか?」(アコーディオン奏者 長坂憲道氏)

 「ビンタの件、モヤモヤしてたのがやっとわかった。両者が納得してるからよしとするならば、世の中のハラスメントのほとんどを肯定してしまうことになるから、だからこそ第三者の倫理観が大事になるんじゃないか。ジャズ界のモラルが世の中から浮いてて時代錯誤なのが露呈されて悲しかったんだ。」(ジャズ・シンガー 川本睦子氏)

「そもそも、各市区町村の教育委員会が、ジャズを指導する必要があるのかっていう」「ジャズみたいな自由なものを、わざわざ地区の中学生集めてみんなで勉強させて発表するっていうセンスが、世田谷っぽいなっていう」(マツコ氏)


作家の平野啓一郎氏たちの声が次々上がってまいりました。私もそうですが、過去に受けた暴行の忌まわしい記憶の扉がこの事件によって無理やりこじ開けられた人、現在進行形で大人からの暴力にじっと耐えている子供たちが日本中にいて、勇気を出して「子供への暴力はあかん!」と声を上げています。世田谷区行政、保坂区長、そして子どもへの暴力容認の片棒を担ぐ世田谷区議会議員たちは、ご自分たちがどれほど間違ったことをしているか、しっかり受け止めてほしいですね。

★ジャズファン目線からの日野事件 http://pmazzarino.blog.fc2.com/blog-entry-271.html
思った事をブログにまとめた。Jazz Vocalist 川本睦子 Mutsuko Kawamoto Blog: ビンタ事件とその報道と反応について思った事 http://muzco.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html?spref=tw

*** *** *** ***

#拡散希望
【日野皓正氏中学生暴行事件へ、あなたの「あかん!」を届けて!】

保坂展人世田谷区長殿(@hosakanobuto )
いつになったらこの事件に対する世田谷区の総括をお聞かせいただけるのですか?

◎「せたがや文化財団」http://www.setagaya-bunka.jp/about/address.html 


2017年09月10日 (日) | 編集 |
★中学生に“往復ビンタ”の日野皓正に、ジャズ界から擁護論「損得勘定よりも教育への意義を強く感じていた」- 記事詳細|Infoseekニュース https://news.infoseek.co.jp/article/cyzo_20170907_1021601/?p=1 


「このイベントを中止すればどうなるかわかってるのか?」とまるで脅迫、恫喝しているような日野氏擁護、児童への暴力容認に溢れた記事ですね。

日野氏を擁護するのは勝手ですが、社会人として、大人としての観点ゼロというのはいかがなものか?

もし良識ある大人ならば、まずはドリバンの子供たちに「世界的な有名音楽家であろうと、無名の音楽教師であろうと、誰であろうと、どんな理由であろうと、大人が子供へ暴力をふるうことはいけないこと。許されないこと。貴方たち子供の人権は国と法律で守られています。」と教えることが最優先では?

相手が日野皓正氏だから、彼が解雇されたら大変なことになる、という観点が、子供への暴力より先に来るというのはいったいどういうことなんでしょう?

まるで「あれは行き過ぎた指導であり暴力ではない」と屁理屈をこねて必死に日野氏続投を画策する保坂世田谷区長、世田谷教育委員会、世田谷区議会議員そっくり。

有名人を擁護したいがためか?

この記事のどこにも児童への暴行に対する危機意識、犯罪意識というものをまったく感じられない。これがジャズミュージシャンの一般的な考えだとすれば、この国のジャズ業界人とは、なんて一般常識の欠けた世界の住人なのかと思わざるを得ません。

ケニー山崎氏が日野氏を擁護すればするほど、「音楽を育てるためには子供への暴力は必要な時がある」とする日野皓正氏のあの会見と合致して、JAZZ業界人へのあまりよろしくないイメージが増々強くなるのが、どうしてわかっていただけないのか…残念です。

日野氏擁護に必死になるばかりに子供への暴行容認するとは。「ビンタも必要な時がある。これからもやるよ。」と会見で語った日野さんとソックリだ。

日本のJAZZ業界っていったいどうなってるの?

で、ケニー山崎さんって誰?検索かけてもまるっきしヒットしないんだけど。

もしこのまま日野氏擁護、日野氏続投となれば、世田谷区も教育委員会も、ドリバンの子供たち、そして日本国中の子供たちに「大人は大人の必要に応じて子供たちに暴力を働くことができる」と教えることになることをしっかり認識してください。

※もしこのまま日野氏擁護、日野氏続投となれば、保坂区長も世田谷区も教育委員会も、ドリバンの子供たち、そして日本国中の子供たちに「大人は大人の必要に応じて子供たちに暴力を働くことができる」と教えることになることをしっかり認識してください。



2017年09月09日 (土) | 編集 |
【ご意見等のテーマ】
日野皓正氏の中学生暴行事件について

【ご意見等の内容】
保坂展人世田谷区長が革新だろうが保守だろうが関係ないです。
要は子供の人権を蔑にしてまで有名人と利権を最優先するのか否か。
この一点に尽きると思ってます。
このままじゃ、保坂さん、世田谷区行政、世田谷区議会が子供への暴力容認だってことになってしまいます。だったらだったでうやむやにせず、世田谷区、教育委員会、世田谷区議会連名のステートメントではっきりそう区民に向かって言えばいいことですよ。
このまま日野氏続投なら暗にそう言っているのと同じことですからね。
世田谷区の明確なステートメントを聞くまでは引き下がれないです。
区と教育委員会は「日野氏の行き過ぎた指導」で暴力ではないと、言葉遊びで区民を煙に巻こうと必死ですが、日野氏ご本人が会見の席であの中学生へのビンタは止めないと明言し、区からの要請を拒否された以上、氏の会見を受け、世田谷区も明確なステートメントを区民と世論に向けて出さねばなりません。
現在進行形で「せたがや文化財団」が日野氏サイドと今後について話し合いを持っているとのことですが、その結果というのはいつ、どういう形で区民に知らされるのかをはっきりしていただきたい。 



2017年09月06日 (水) | 編集 |
★木村草太‏ @SotaKimura 
「教育」と「支配」の違いをどうやったら伝えられるのか。暴力や成績評価で相手を思い通りに動かすのは、「支配」だと思うんだよね。例え技術が身についたとしても、それは「教育」ではない。

★「誤解されている。信頼関係あってのあの場面だ」
「危機だと思っていない」
「そもそも問題にすべきことではない」
「あれは暴力じゃなくて、コミュニケーション。普段からあれくらいのことはあった。子どもは傷ついていない。愛だと思っている」
↑は日野皓正ビンタ事件での日野氏側近の弁明(言い訳)。
こんな人たちを擁護する世田谷区もまた、DVだったのね(棒読み)


でもきっと、この世には「子どもへの暴力はいけないこと」と強く思っている方もいらっしゃるはず。

そんな世論が味方に付いてくれれば百人力。
何卒、応援よろしくお願いいたします!

ま、最悪、今回、「正義」が敗けても、きっといつか、「真実」に蓋をした大人たちはきっと子々孫々にわたり、罰が当たると思いますよ。大人から暴力を受けた子供たち、そして大人になったその子供たち、そしてその子供たちの子供たち…の手でね。

私みたいな…。

「実母からDVを受けて育った子供」が大人になったのが私。
親を親とも思わず、親を「あんた」と呼び、東京の大学に進んだから親を殺さずに済んだけど人間恐怖症、親になりたくないから結婚も出産もせず。

自殺も考えたり、試みたりもしたけど、痛いとか怖いとかは嫌だから、ギリギリのところで踏みとどまり、それからはもう二度と自死は考えなくなった。親を殺そうと思ったけど、そんな勇気もなかったから実行に移さなかった。

動物も殺したり苛めたりしなかった。家のそばには野犬がたくさんいたけど、みんな私に優しかった。でも、家で飼うことになった動物たちは一匹も天寿を全うできなかった。初めての犬は野犬で一番私に優しくしてくれた雌犬だった。よく吠えた。ある日私が学校から帰ったら別の見知らぬ犬がいた。当時同居していた父方の祖父があの雌犬のミリーを保健所に連れて行き、新しい雄犬を替わりにつれてきた。それからはちょっと病気になったり怪我したり飼うのが大変になるたびに、私が学校に行っている間に保健所に連れて行かれた。両親は一度も動物たちを守ってはくれず、祖父に従って無言を通した。私は家で孤立した。

私に優しくすると、私が愛するとみんな死んでしまうと思った。動物と一緒に暮らしちゃいけないと思った。子どもで無力な自分を恨み、呪った。親や祖父を呪った。

この話を保護ボラしている知人に言うと「よく動物虐待に走らなかったね。こんな過去を持ってれば九分九厘、動物虐待に走るんだけどね」と言われた。あの頃、家を出て親と離れて暮らすことを目標に生きていたようなところがあります。それが実現できるなら、できる限り、警察の御厄介になることはしないでいい子でいようと。

そこいら辺のメンタリティは親に似ていると思う。一皮剥けばドロッドロですが表向きは「いいかっこしぃ」です。

これまで十分に傷つき傷つけ傷つけられてきた。もうこれ以上、人から傷つけられたくないし、私も誰も傷つけたくない。独りが一番楽。猫がそばにいてくれればそれだけでいい。

親の介護や看取りや納骨堂契約や最低限のことはしてて、我ながら偉いと思ってる。母に対しても内心「あと一人。さっさと死んでくれ」と思いながらも、外面よくして、いい子ぶりっこしてますよ。

こんな私だから日野さんにも、実母と同じ臭いを感じるんだよね。
今回の中学生ビンタ事件やその後の氏の会見で、トラウマというか、フラッシュバックというか、大人しくしてた暗黒面がドロドロと噴出してきましたわ。
だから無作為な世田谷区行政と保坂区長と世田谷区議会自公民会派の議員たちを見てると、居ても立っても居られないんだよ。

子供を思うならドリバンを潰すな?

逆!

暴力振るわれる、暴力シーンを見せられる閉鎖的空間。私みたいな子を作りたくなかったら今すぐ解散した方がいい。

相手に向けて、あらゆる手段を使って、力だけじゃなく、言葉とか振る舞いとか、多種多様な暴力をふるう、急にパッション全開になって止まらなくなる(大声出したり、嬌声上げたり、所構わず踊り狂ったり。⇒あの中学生の舞台での振る舞いも、もしかするとDVから来てるのかもと思ったりしてます)、内向的に暴力を受け止め相手の暴力で愛を確かめようとする(相手に酷いことを言って暴力を振るわせようと試みる)、相手が自分を嫌いになるよう仕向ける、自虐、異常なほどに「愛情」に飢えている、自分に存在価値などないと病的に思い込む、対人恐怖症、自傷、過食症、拒食症、子供の親になるのが怖い等々の子が育つ確率高いよ。

親からDV受けてたからかな?なにか不気味なオーラでも出してたのかな?今もってなにが原因か今でもよくわからないんだけど、小学校から中学までずっと学校でいじめられてた。先生からも。毎日泣いて家に帰って、また母から暴力受けて…肩に腫瘍ができたらお金持たされて自分一人で病院へ行き、摘出手術した後は部分麻酔がまだ効いてる中、ふらつきながら歩いて帰宅した。心臓に穴が開いてるかどうか検査入院した時は、3週間のうち見舞いに来てくれたのは1回だけ。それも10分そこらで帰られた。こんなんでよく死ななかったし、登校拒否にならなかったわ。

親から殺されず、親を殺さずに済んだおかげで、高校生でやっとこさいい学校生活だったと思える時間を過ごすことができた。高校を卒業したら家を出ると決めてたから、やっと親元を離れられる、と内心思って心弾んでたからね。だってあのまま家に残ってたらきっと私、親を殺してたと思うもの。人殺しになんかなりたくなかったから家を出て親と離れた。いいことでしょ?熊本駅から東京行きの寝台特急が出発した時のあの言いようのない安堵感と嬉しさったら。今もよく覚えてる。東京が私を救ってくれた。あと食べること!美味しいものを食べる時が一番幸せ。食べられる内は生きていられるし、生きてると感じることができる。(口から食べられなくなったら管を使って流動食を流し込まないでほしい。あくまで口から食べる間は、美味しいと感じられる間は、幸せと感じられる間は生きていられると思う)

親が要介護になり、施設入所を決め、もう二度と家に帰れないことが分かり、すでに認知症を発症していた母の成年後見人になった私は、さっさと家庭裁判所に申請書をだし、母名義だった「呪いの家」を解体し、更地にして売却した。未練も心残りも湧かなかった。嫌な思い出しかないあの家に永久におさらばできて清々しただけだ。

ま、私はまさに「負のエネルギー」をバネにして、餌にして生きてきたようなものです。暗黒世界。ブラックホール(笑)己の暗黒面に恐怖を感じる時もある。自分が自分でこわい。それもあってあまり長生きしたくない。

私は適えられなかったけど本来、子どもは大人からハグされ、「大好き」「愛してる」「いい子」と褒めてもらう存在であって、その逆に私のように、「愛してるから打つ」って言われ、暴力を振るわれ、「あのクソガキは生意気だから殴られて当然」と言われるために生まれて来た子なんか一人もいない。子どもはみんな愛すべき存在のはず。

あの中学生には「あんたはいい子」「何も悪くないよ」「ビンタを貰う理由なんかどこにもない」って言って、思い切りハグしてあげたい気分です。日野さんもあの場面で、暴力振るわずしっかりハグしてあげればよかったんですよ。そうじゃなくても、あの子はドラム叩いてただけです。だったら世界的音楽家で、数多の修羅場をくぐってきただろう日野さんなら、暴力じゃなく、音楽で返すべきでしたね。

教育ジャーナリストとして、いいことたくさん発信してきた保坂展人世田谷区長(@hosakanobuto )が、まさかDVに苦しむ子供たちを育成する事業の責任者とはね。笑えない。

あ、母が暴力をふるった理由はね、もちろん愛じゃないよ。本人は愛してるからとは言ってたけど、思わず口走る無意識の言葉の中にはね「あんたなんか生まれてこなきゃよかった」「あんたがお腹の中にいなきゃこの家を出て行けたのに」「こんなの(私が患った腫瘍とか心臓疾患とかアレルギーとか)は、うちの家系にはいない」「あんたの中の汚れた血は全部お父さんの家系から来てる」とか。

つまり、もっとかまってほしい父や、嫁いびりする父方の祖父母に対する怒りや恨みであって決して私への愛情からではなかった。

先日、母の介護のため熊本に帰省した時、母の弟夫婦に聞いた話だけど、母は親戚の前ではもの凄く私を褒めてたらしい。けど、私は親からたった一度も褒められたことがない。それをどんなに話しても親戚は信じてくれません。

そういえば昔、母親から暴力を振るわれたと親戚にSOSを発したことが何度かある。するとそのたびに叔父と叔母は言うのです。「そりゃ、あんたが何か悪いことしたからじゃないの?」「親の言うこと聞かなかったからでしょ?」「親は子供のためを思って叱るんだから、そんないい方しちゃダメだよ」と。ま、実の姉が日常的に暴力振るうなんぞ、俄かには信じがたいし、信じたくなかっただろう。それが子供心にも理解できたから、それから二度と大人に助けを求めようとは思わなくなった。

誰もわかってくれなかった。いけないのはいっつも私。悪いのは私。悪い子だから暴力振るわれる。だから「いい子」にしなさい。

そりゃそうだ。DV経験なきゃわかんないよ。幸せな人たちだ。

わかりますか?

暴力をふるう大人は歪んだ愛情表現で子供を傷つける。
でも、自分じゃまったくそのことに気が付いてない。殴るのは愛してるからと信じ込んでるから厄介だし罪深い。

DVを受けた経験がある人ならきっぱりと言える。


愛の鞭なんか、この世にあってたまるかっ!

2017年09月06日 (水) | 編集 |
↓の投稿にもある今回の日野氏ビンタ事件で、世田谷区議会の自民・公明・民進が保坂区長サイドに付いたとの情報の件。
区内で起きた子供の人権にかかわる深刻な問題のはずなのに、普通に考えたら、声を真っ先に挙げるはずの世田谷区議さんたちが、特に文教が、不気味なほど沈黙を守っていたり、当日あの会場にいて、twitterでもその件を投稿(それも絶賛する内容)していた公明の区議さんが、あっという間にその記事を削除したり、ものすごく異様。
さもありなん。やっぱりね!
だって保坂区長や教育委員会に異議を唱える私への恫喝や怪メールの中身が、俗にいう「ネトウヨ」そのものなんだよ。
以前の保坂さん支持者とは対極の住人達が、保坂さんの後ろについて日野氏擁護に動いている。間違いない。
裏で、世田谷区議会はすでに、世論と真逆の方向に動いてるってこと。
世田谷区内の公立学校で教師による陰湿な体罰がはびこっているという情報も、こうなると俄かに信憑性が増してくる。保坂さんが区長だからそんなはずはないって、ずっと信じなかったけど。
バカでした、あたし。

★寮美千子‏ @ryomichico 
日野皓正氏のビンタ事件で、近しい人物から電話が「誤解されている。信頼関係あってのあの場面だ」と。いや、状況関係なくダメなんだと言っても通じない。保坂氏のヌルイ対応、危機管理ができてないというと「危機だと思っていない」「そもそも問題にすべきことではない」と。側近がこれじゃダメだな。
日野皓正氏のビンタ事件、世田谷からの新情報。この件は、リベラル派の議員が最初に問題にしたのだが、結果として、自民公民が保坂氏を支持するといった不思議な構図になっている。リベラル派のPTAも始めは批判的だったが、いまでは「うちの子もこのバンドに入れて鍛えてもらおうかしら」と。あらら
日野皓正氏のビンタ事件でわかったのは、日本社会全般の暴力への親和性の高さ。はっきりと暴力を否定するメディアよりも、歯切れの悪いもの、日野氏に同情したり賞賛したりするものが多い。暴力を否定する人を「物事を単純化しすぎ」「だから日本文化が廃れる」と批難する声も多数。やれやれ。
大人と子ども、教師と生徒、男と女は圧倒的に非対称な力関係。「ビンタ」によるコミュニケーションなんてありえない。それは暴力によるパワーハラスメント。それを「愛」と名づけるのは欺瞞。ビンタされた側が「愛」と感じてしまうのだとしたら、その構図自体が歪んでいる。被害はさらに根深い。
共依存そのものですよね。
近しい某氏が「あれは暴力じゃなくて、コミュニケーション。普段からあれくらいのことはあった。子どもは傷ついていない。愛だと思っている」と。もしそれが事実だとしたら、普段からよっぽど歪んでいて、そんな人に、子どもを指導させちゃいけない。周囲の基準も狂ってる。
「おまえを愛しているから殴るんだ」という父親に育てられた娘は、大人になったときに、自分を殴る男を「愛ゆえにわたしを殴るんだ」と誤認してDVの餌食になりやすい。多くの人が「愛故に殴る」を共同幻想としている日本が見えてきて、うんざりしました。



2017年09月04日 (月) | 編集 |
【件名】
日野皓正氏の中学生暴行事件について

【ご意見等の内容】
世田谷区と世田谷区教育委員会主催の「ドリームバンド」発表会における日野皓正氏の髪掴み&ビンタ事件に強い怒りと悲しみを覚えます。

教育ジャーナリストとして長く、管理教育と児童への体罰、暴力と戦っていらした保坂展人区長はなぜ、あの中学生がバンドに参加し、日野氏から暴力を受け始めた1年前に『日野さんには感謝している。しかし、我々は暴力を容認する立場ではない。その点は日野さんにもご理解いただきたい』とステートメントを出さなかったのか?

なぜ周囲で日野氏の暴行を見ていた大人たちは声を上げなかったのか?

このまま暴力肯定の空気が蔓延するのが恐ろしいです。

週明けに早速、世田谷区と同教委がステートメントを出す必要があると思います。

世田谷区のあまりにも見え透いた世界的な有名人への忖度、ごますり、暴力行為の隠ぺいにより、全国規模で不必要な対立まで生まれかけているので、早く事態を終息させる必要があると思います。ここまで暴力肯定の声を強くしたのはすべて、保坂区長たち世田谷行政の責任です。

生徒に対する日野氏の暴力行為、40人のバンドメンバーの指導をする契約のはずの講師が一人だけ特別扱いする(二人の世界を作る)のは契約違反。

即刻、日野氏を解雇すべきだと思います。

日野氏には今後もプレイヤーとして活躍してもらい、中学生への指導からは退いてもらう、というのが一番、穏当な方策。

羽田での記者会見で今後もビンタは張ると明言したわけだから当然、解雇でしょう。世田谷区並びに世田谷教委がビンタを容認するかどうかの話なんだから。

あの中学生に今後も継続してビンタを張ると宣言している人に指導を続けさせると、じゃビンタはどこまで許容されるのか、という話になる。

日野さんだけか?
学校現場以外で芸術やスポーツを指導してる人は全てか。
学校の教員もか。

どれを取っても整合しない。

日野氏続投はそういう危うさを内包しているのです。

練習中、日野氏があの生徒をビンタするのを他のメンバーは今後も繰り返し見なければならなくなります。

そんな劣悪な環境でなにが音楽ですか。何が教育ですか?

いったいあなた方はどこを見て政治してるんだ?

世田谷区の子供の人権と、暴力肯定有名人と一体どっちが大切なんだ?

しっかりしろ、世田谷区!
目を覚ませ、暴力と敢然と戦っていたはずの教育ジャーナリスト保坂展人区長! 

2017年09月02日 (土) | 編集 |
日野さんのビンタ事件を語る方々は、みなさん大切なことをお忘れですよ。

当日の会場には安くないお金を払って見に来ていた500人以上の大人と子供たちがいました。

彼らの意志とは全く無関係な理由で、あの修羅場を見せられた(見る羽目になった)観客のなかにもDV被害に似たメンタルになった方が必ず複数人いらっしゃるはず。

日野さんのやったことは、件の中学生と日野さんだけの問題じゃない。

ステージ上にいた他の生徒たち、その親御さんたち、そして多くの観客たちに多大な心の被害をもたらしたということを忘れちゃ困ります。

日野さん、貴方はいったいなんてことをしてくれたんですか。

そして、今後も継続してビンタは続けると仰る。

主催者の世田谷区と教育委員会はそんなことを許すんですか?

だとしたら、区の行政はいったい誰を向いて政治しているんですか?

あなた方も安倍政権と同じですか?

誰も世田谷区民じゃなく有名人を守るため動いてるんですか?

日野さんは昨日、ご自分の意志を語ってくださったのですから、世田谷区も、いつまでも黙っていないで公の席に出てきて、区民の問いに明確な返事をしなさい!

そうです。

「正しい暴力」だから保坂区長と教育委員会は長い間、沈黙を守り、子供の人権より「正しい人」を守ってきたのです。

行政からがっちりガードされたお蔭で、誰に知られることもなく「正しい暴力」をふるい続けてきた「正しい人」はこれからも、父と子の絆で結ばれた他人様の子供に堂々と暴力をふるい続けるとカメラの前で明言しました。

教育委員会の陰に隠れて舵を取る区行政、区長、そして世界的有名人という巨大な権力の下で人質にされた子供の将来。

子供の実の父は、異論を唱える勇気などもてる筈もなく、忖度するしか術がなかったことでしょう。

もしかしたらあのステージ上での常軌を逸した子供の行動だって、蓄積されたストレスの発散とか、あの子なりの精一杯の権力に対する反抗だったかもしれず。

もしあれがストレス発散だったら、目的はほぼ達せられたので今頃あの子、異常なくらい晴れ晴れとしてるかも(笑)

しっかし、その人の記憶に残る「正しい暴力」って普通、その人にとって人生1回こっきりの暴力だよな?

え?

まさか、少なくとも1年前から同じ相手に何度も繰り返し暴力振るってきたし、今後も変わらずビンタは止めないってマスコミの前で明言したこと知らないで暴力の正当化発言してるのですか?


2017年09月02日 (土) | 編集 |
時間を忘れ、今まで関連記事や投稿を読み漁ってました。

今回の日野皓正氏のビンタ騒動(事件?)で、この国に体罰(暴力)擁護してる人、件の中学生をバッシングする人がどれほど大勢いるか、嫌というほど思い知り、暗澹たる思いです。

なるほどね。こんなんじゃ、この国から体罰やいじめがなくならないはずだわ。

で、素直な疑問。
今回の日野皓正氏とまったく同じことを、無名の優秀な音楽教師がしたら…世間の反応は日野氏のものと、まったく同じだったろうか?

ま、普通に考えたら、その無名の優秀な教師は再起不能なまでにコテンパンの「袋叩き」「晒し者」になるだろうね。

つまり今、日野氏の暴力行動を擁護し、件の中学生をバッシングしている人たちは、日野氏が世界的に有名な音楽家という理由で、彼の名声に拍手を送り、有名な氏にはむかいたてつく生意気な中学生だから暴力振るって黙らせてもok、氏にビンタ張られてありがたく思え、いい思い出になるぞ、ってこと。

★ ダンス振付師は共感 日野皓正氏の“往復ビンタ”に賛否両論
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/212689 #日刊ゲンダイDIGITAL

危惧していたことがもう始まってる。

「暴力は新たな暴力を産む」。

世界的に有名な日野氏が暴力(体罰)行動に走ったことにより、氏を擁護する多くの支持者が、氏の行動を、新たな体罰容認行動の裾野を広げるいい訳にしようとしています。

ヒノテルさん、パンドラの箱を開けちまったかも?

世界的に有名な日野氏を冠にした「ドリバン」をなんとか継続させたいばかりに、この13年間、無名だけど優秀な教師なら一発退場、アウトな日野氏の行動に「見ざる、聞かざる、言わざる」の三無主義を貫いてきた保坂区長と世田谷区教育委員会は、今回の日野氏の「暴走」で巷に拡散&加速してしまった日野氏の暴力(体罰)支持&擁護の流れをここで止めておかないと、あっという間に「行き過ぎた指導」のどこが悪いという流れが加速し、日野氏と世田谷区だけの問題では済まなくなり、取り返しがつかない大変なことになるんじゃないですか?(もうすでに収支つかなくなりつつあると思うけど)

拙ブログにも書きましたが、実は私もDV受けて育った子供ですから…今回の動画や、子供と父親の「権力に忖度した」としか思えない優等生的コメント、責任回避に四苦八苦する世田谷区の対応、あんな子供を黙らせ、言うこと聞かせるには日野さんのあの行動しかないみたいな暴力容認に傾く世間の反応、SNSに飛び交う数々の無責任なコメント、そして何よりも日野さんご本人の「父と子のような深い絆がある間柄での体罰を肯定」する昨日の会見内容で悪夢再び、なんですわ。ま、私の場合は母でしたけどね。もう勘弁してって感じです。

日野皓正さん、まさかDV体験者じゃないですよね?実の親から(氏の発言から察するに高い確率で父親から)暴力受けて育ったとか…DV受けて育った子は暴力こそ愛情表現として肯定、大人になると子供に暴力をふるうようになる人多い。昨日の会見でも本人はあの中学生には今後もビンタすると明言してますしね。なら一刻も早く「ドリバン」プロジェクトから氏を外すべき。でないと今回みたく、深い愛情を感じる子への暴力、今後も果てしなく繰り返しますよ。

保坂区長(@hosakanobuto)
これ以上、世田谷区の子供たちを傷つけるようなことが起きませんように。
御英断を!

2017年09月01日 (金) | 編集 |
★(中学生への暴行問題に関する)日野皓正氏記者会見
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00369126.html #FNN
★日野皓正、中学生へのビンタは教育…「必要な時もある」https://www.daily.co.jp/gossip/2017/09/01/0010515517.shtml 
今夕、羽田空港で日野皓正氏が会見に応じた。
大まかなインタビュー内容は以下の通り。

 「往復ビンタはしていない。ちょっと触れただけ。」
「(中学生の頬にまで)手が届いてないんだよ。」
「俺は死ぬ気で、愛情で接してる。」
「(問題の中学生とは)一年前から深い関わり合いがあった。」
「行き過ぎたところは分かる。それは謝る」
「でも、必要な時もあるんだよ。それだけのこと」
「お客さんの前だろうがどこだろうが、俺はバカヤローと言う。真剣だから。見てる人は分からないから、日野さんひどい、子供がかわいそう、と言うかもしれないけど」
「(ステージ本番中にまた同じようなことが起きたら?)手は上げないで、『やっぱりお前は無理だからやめよう』という。音楽は、ハーモニーで会話なんだ。会話ができないヤツは、どいてもらわないといけない」
「俺とあいつは、父親と息子なわけ。他の生徒には絶対に手を上げない」
「ヤツの心を立て直してやらなきゃという思いがある。」
「公演後、(中学生の方から)謝りに来た。」
「(あの中学生は)世界に通用する器だ云々。」
「アントニオ猪木さんのビンタより痛くない。あの中学生とは親子のような関係性、血も出てない」
「(件の中学生には)必要ならこれからもビンタはするよ」
「お前らが騒ぐほど、ヤツは忘れられずに何年も苦しむことになる。それをよく考えて」

は?
事の始まりはビンタした日野さん、あなた。
自分がしたことはOKで、全てはマスコミが悪いと?

父と子の間での暴力は認められると?ビンタしてもいいの?じゃ、家庭内暴力はOKなんだ?

日野さんはとても正直で嘘をつけない人ですね。
カメラの前で非常に堂々と、これからも必要ならビンタすると断言しました。

彼の会見ではっきりしたことは二つ。
①(「日野氏は今年は一度も練習に参加していない。すべて他のプロミュージシャンが指導していた」との情報もある。ドリバン関係者の情報として、日野氏はこの中学生に練習中から手を上げていた、との情報もある。ということは、)少なくとも1年前から日野氏は件の中学生に手を上げていた。日野氏がビンタの対象としているのはこの中学生のみ。他の子に手を上げるなんて、まさか!とまで言っていますね。つまり、この中学生を特別扱いしているということ。この子とは父と子のような特別な絆が生まれているから、だから手を上げてもいいんだという日野氏流理論。
②そして、もっとショックなことに、日野さんが暴力肯定者なのを、保坂区長も世田谷行政も教育委員会も区内の公立中学学校長も、下手すると生徒の親たちまでも、大人は全員、最初から知っていて容認・黙認していたってこと。これって大問題じゃないの?世田谷区や教育委員会、公立中学の学校長、そして生徒の親たちまでもが、日野さんの暴力行為を容認・黙認していた。本来なら生徒へのいかなる体罰=暴力をも否定し、身を持って子供たちを守る立場の大人たちが…世田谷区民として大ショックですよ。

会見で「これからも必要と思えばビンタする」とはっきり仰っていたので、「行き過ぎた指導を改めて」という教育委員会経由での世田谷区からのお願いは、あっさりと拒否されたわけです。ま、表立った公のステージ上では言葉だけで何とかおさめるけど、隠れた場所、見えない場所、練習の時間内はビンタするってことらしいので、お金を払って見に来る観客の前では大人しくするけど、身内や仲間内では今まで通りに手を上げるという、体のいい「隠れたところで暴力宣言」されたってこと。さて、世田谷区は「行き過ぎた指導」を改めるように氏にお願いしたのですけど、氏は公の場では慎むけど見えない場所ではこれまで通りビンタすると明言されました。さぁ、保坂区長&教育委員会はどう結論付ける?

※参照記事
⇒日野皓正、背負わされていた“しつけ” 「命を張って教えないと…」公立の学校長からは感謝 http://www.zakzak.co.jp/s…/news/170901/soc1709010009-n1.html @zakdeskさんから
もし世田谷区が日野さんに求め、期待している”教育”がこれなら、ドリバンなんか今すぐ解散していいと思う!

が…
「日野氏の会見によると、氏がビンタするのは件の中学生だけだし、中学生本人も父親も氏の行為を納得しているし、感謝さえしている。その上、ドリバンの継続も望んでいるのだから、世田谷区はこのままドリバンを継続、かつ今後も日野氏に一任する」って世田谷区と教育委員会が決定する、に一票…悪夢だ…

日野氏の今日の会見を見る限り、氏がビンタを張るのは件の中学生のみ。他の子には「バカヤロー」等の暴言は吐くけど絶対に手を上げないんだと。つまり、件の中学生は氏にとって特別な存在らしい。だから、この子にはこれからも必要ならビンタすると断言。ただし、ステージ上ではビンタせず言葉で、と。

この中学生は今後もドリバン参加を熱望しているから、もし、日野氏の講師継続を世田谷区が決めれば、その日から、この子への日野氏のビンタを世田谷区と教育委員会が公に認めたことになるのよね。それも、今までは全面的に暴力はダメと言ってきたのが、これからは、人の見てる所じゃなく、わからない所でなら暴力OKって、今まで以上に陰湿な行為を区が認めることになってしまいますが…。

そうなれば世田谷区内で発生するいかなる暴力に対しても、世田谷区は認めなければならなくなり無法地帯と化す。

どうする、世田谷区?


私は世田谷区民として、同じ世田谷に住むこの中学生に容赦なく振り下ろされる「権力側」の大人たちの様々な形の暴力を、観て見ぬふりはできません。だから声を上げ続けます。



2017年09月01日 (金) | 編集 |

*この記事は転載、シェア自由です。ただし内容の切り取りや曲解はご遠慮願います。

 

ジャズトランペッターの日野皓正がコンサート本番中に舞台上で中学生のドラマーからスティックを取り上げ、さらに往復ビンタという暴行に及んだ件について、元ジャズミュージシャンという立場から考えてみました。

headlines.yahoo.co.jp

日野の行為が児童虐待であることは間違いありませんが、それでもなぜか日野擁護論がネットに多く見られます。

その根拠は、この中学生ドラマー(以下:少年)が場を乱した、ルールを破った、指示を無視したから殴られて当然ということらしいです。

だとすれば論点は、少年のプレイにどこまで非があったかとなります。

さらにこれはジャズという音楽を演奏する上での出来事なので、ジャズ的にどれほどの非があったかと考えるべきでしょう。

そこでジャズミュージシャンの専門的な見地が必要となるのですが、事件がネット上で話題になってから一晩たってもジャズミュージシャンの意見が聞こえてきません。

まあそれも当然で、下手なこと言って大御所中の大御所ににらまれでもしたら仕事していけませんからね。

ということで、ジャズをやめた元ジャズミュージシャンの僕がこの件について解説したいと思います。

 

まず、少年がルールを無視したとされる問題の場面について。

ここはどうやら<トレーディング>というセクションでの出来事のようです(ツイッターで検索したところ、実際にそのコンサートにいた人が書いていました。ただし面識のない人なので引用は控えます)。

<トレーディング>(日本では4バースとか8バースと呼ばれますが、ここでは英語圏の共通用語であるトレーディングで統一)とは、楽曲の後半でドラマーとソロイストが交代で任意の小節間ソロを披露する場面です。

例えば、

 

トランペット4小節ソロ(伴奏あり)

ドラム4小節ソロ(ドラム以外は全員休む)

アルトサックス4小節ソロ(伴奏あり)

ドラム4小節ソロ(ドラム以外は全員休む)……

 

といったルールでソロを回していく。

全員が同じ小節だけソロをしていくというのもルールの範疇です。

そしてここは、ある意味ドラマーが目立つためのセクションといってもいいでしょう。

なぜなら、ドラムソロの間は完全に自分だけになるので。

ですからドラマーにとっては「ここぞ!」という場面になります。

当然かっこよく目立とうとするし、そうあるべきところです。

少年が問題とされる行為をしたのはこのセクションであることを押さえておく必要があるでしょう。

 

では次にジャズという音楽の<精神>について述べておきます。

これを理解しないと問題の本質が見えてこないからです。

ジャズには<逸脱>という暗黙の精神が存在します。

これは「ちょっとぐらい人と違っててもいいんだよ」といったレベルではなく「逸脱しなければジャズじゃない」といったほとんど強制に近いものだと考えて構いません。

例えば、「礼節を重んじない者は日本武道をやる資格がない」というのと同じです。

ジャズが面白いのは、この<逸脱>が単なる精神論ではなく、音楽的手法として存在していることです。

例えば「アウト」という技法がそれです。

「アウト」とは、コードにない音(外れた音、指示されていない音)をわざと使って独特の浮遊感や緊迫感を出すジャズの必須テクニックです。

メロディやハーモニーにおける「ジャズっぽさ」というものはこの「アウト」の産物であり、<逸脱>の成果です。

リズムにおいてもジャズでは少し遅らせたり揺らしたりし、正しいリズムから<逸脱>することがよしとされます(これは目指す演奏によって違ってきますが)。

歌もそうです。

ジャズシンガーで譜面通りに歌を歌う人はいません。

ジャズを歌う場合は正しいメロディから<逸脱>し、その場その場で自分らしく作り替えることが必要となります。

このように、ジャズという音楽にはあらゆる演奏(歌)、あらゆる場面に<逸脱>が求められるのです。

そうした<逸脱>の歴史がジャズの歴史と言っても過言ではないでしょう。

ちなみに、日本人のジャズが面白くないというのは日本人含め世界の共通認識ですが、なぜかというと<逸脱>したがらないからです。

仮に<逸脱>するとしても、過去の前例やその場の空気、指導者のGOサインを見てからようやく、という人がほどんどです。

日本のジャズシーンに仮に<逸脱>があるとすれば、それは根回しされ事前に許可されたものです。

そうでないと空気が読めないとされ、使ってもらえなくなるからです。

プロのジャズミュージシャンでも、誰かが<逸脱>したら怒る人がよくいます。

日本人にはそういう人が多いです。

 

最後に、ジャズのルールとしてもう一つ説明しておきます。

ジャズは<逸脱>する音楽ですが、同時にそこからの<回復>も必要です。

<逸脱>しっぱなしではめちゃくちゃになるだけです。

コードやリズムからいっとき<逸脱>しても、また元にひょいと戻れるスキルも絶対に必要とされます。

この<逸脱>と<回復>をきっちり使いこなせるのが一人前のジャズミュージシャンです。

<逸脱>は勇気さえあれば誰でもできますが、そこからの<回復>はスキルや経験値がなければ難しいです。

 

では改めて話を戻しましょう。

少年の行為は、

 

1、ドラムが目立つセクションで

2、尺を守らずに<逸脱>し

3、そこから<回復>できずに場が崩壊してしまった。

 

というものですが、僕からすればこの少年はジャズの精神をしっかりと持っている立派なジャズミュージシャンだと思えます。

おそらく彼が<逸脱>したのはトレーディングの場面のみでしょう。

それは自分が<逸脱>してもいい場面をきちんとチョイスしていたことの裏付けとなります(トレーディングはドラムが目立つ場面)。

そして、「おのおの決まった小節ずつ平等にソロを回す」という決まりを本番で無視し、自分だけのドラムソロとして食ってしまうことは、<ジャズ的>には全然ありです。

ただしその後に<回復>できなかったのは彼の責任なので、その点は叱責されてもいいと思いますが、中学生ということを鑑みれば仕方ないで十分済ませられます。

それにしても、この少年の勇気には脱帽です。

考えてみてください、日本人の中学生が世界的アーティストの監督する舞台の本番で、自らルールを破りジャズの精神に則って<逸脱>したのです!(しかもスティック取り上げられても、髪を掴まれても反抗してる!!)

この一点だけ見ても僕には彼がそこらへんのプロよりも立派な「ジャズミュージシャン」であると思えます。

 

ここで疑問が生じます。

ではなぜ生粋のジャズミュージシャンである日野皓正は少年を称えずに暴行を加えたのか?

正直、僕には全く理解できませんが、おそらく監督である自分の指示に従わなかったのが気にくわなかったのでしょう。

あるいは、みんなが平等な尺でソロを回しているのに少年がそのルールを破ったことに怒ったのか。

何にせよ、日野の怒りは<ジャズ的>に不当であり、私には見当違いに思えます。

バンドメンバーの誰かが本番で打ち合わせと違うことをやりだしたなんて彼の長いキャリアで数え切れないほどあっただろうし、それを本番中になんとかまとめあげ着地させるスキルも持っているはずです。

そういった音楽的解決をせず、感情にまかせて舞台上で児童暴行に及んだ日野皓正を擁護する価値はありません。

「世界的ジャズミュージシャンが怒るほどだから、少年の行為が<ジャズ的に>間違っていたんだろう」と考える人もいるでしょう。

それは権威主義というものです。

この少年は今回の事件にめげずに、今後も本番でどんどん<逸脱>してほしいと思います。

それこそがジャズなのですから!

 

以下は余談として。

ベッキー不倫事件以来、こうした問題に対して必ずといっていいほど「当事者間の問題なので部外者が口を挟むべきではない」とする当事者論が起こるようになりました。

不倫はともかく、本件に関しては当事者間の問題では済まされません。

なぜなら、日野皓正は「ジャズミュージシャン」あるいは「ミュージシャン」という肩書きを背負った上で児童虐待を行ったのであり、結果として世間的に「ミュージシャンは子供に平気で手をあげる」といったイメージを流布したからです。

これは音楽講師としてはとばっちりです。

ミュージシャンに子供を預けるのは怖い、何されるかわからないと考える人が増えれば音楽教室全体が不振になりますし、音楽教育も進まなくなるでしょう。

また、子供が音楽に興味を持っていても今回の件を受けて親が習いに行くのをやめさせるという事例が将来的に起こるかもしれません。

このビンタ事件は、決して当事者間では済まされない問題を内包しているのです。

本件が、日野皓正個人が起こした暴行事件であり、ミュージシャンや音楽講師全体の問題ではなく、彼自身の問題であると広く世間に認識されるよう適切に報道されることをいち音楽講師として望みます。

★ 日野皓正児童虐待(ビンタ)事件について元ジャズミュージシャンが考えてみた 追記
http://kyahata.hatenablog.com/entry/2017/09/01/%E6%97%A5%E9%87%8E%E7%9A%93%E6%AD
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~転載終了。~

今回のヒノテル問題。毎回のことながら、今回もまた「大人の事情」から、同業者からのコメントが笑うほど皆無。そんな中、元ジャズミュージシャンがブログ更新。は~、やっと納得いくコメントに出会えました。スッキリです。感謝。