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2008-05-24 Sat 20:47
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昨日の早朝、ターミナルの肺ガンばあ様が静かに永久の眠りにつかれた。 延命治療を一切拒み、自然のままに・・・。 入居された時には既に余命1ヶ月と宣告されていたのだが、驚異の生命力で3ヶ月もの間生きておられた。満開の桜を眺めながら満面の笑みを浮かべ、「今まで辛いことがたくさんあったけど、頑張ってきたから御褒美をいただいたのかしら」と呟くように仰っていた。 全く食事をせず、水分も取らず、寝たきりになられたのはたったの数日。 それまでは入浴されたり、居室から出られて食事されたり、テレビをご覧になったりお元気だった。 亡くなる前日、夜勤明けだった私は退社する前に居室へお邪魔し、短い会話を交わした。意識が朦朧とされ、表情もなくなり、殆ど口を利くことがなかった彼女だが、私の声には反応された。お世話のために一緒にそこにいた介護主任と女性スタッフも驚くくらいに眼力が戻り、私の声を懸命に聞こうとされている。そして・・・お元気だった頃、笑いのツボが同じ私とお腹がよじれるほど笑い転げた思い出話をすると・・・にっこりと微笑まれ・・・「ふふふ・・・」と笑われたのだ。 本当にこの方と私はよく笑った。 相性が良いというか・・・何と表現すれば良いのかわからないほど、二人は俗に言う「ツーカー」だった。 ユーモアのセンスが抜群な方だった。 どんなに疲れていても、この方と話すと心が明るくなった。 彼女も私を頼りにしてくれたし、大切にしてくださった。 まだシルバーカー歩行が可能だったある日のこと、居室のキャビネットの引き出しを開け、何か必死になって探しものをされている姿を見て、すぐさまお声をお掛けした。 「何かお探しですか?」 「毛糸の靴下がないの」 あ・・・見たことがあるぞ。あれはたしか・・・。 ご本人に許可を得て、記憶の糸を辿りながら一番下の引き出しを開ける。 「あった!」 セーターやカーディガンが収納されている引き出しの一番底から、手編みの毛糸の靴下が2足出てきた。ひとつはピンクと茶色の配色、もうひとつは黄色と茶色の配色で、こちらはまだ仕付け糸が付いたままのもの。 「これ、あなたに上げるわ。こっちのピンクのは私が履いてるの。色違いのお揃いよ」 「え?私に?」 「あなたが一番、私の気持ちを理解してくれてるから」 入居された頃にはもう無理だったが、元気だった頃の彼女は編み物が得意だった。彼女が着ていたカーディガンは全部、彼女のお手製だ。その余り毛糸で何足も靴下を編むのが楽しみだった。 それを以前彼女から聞いていた私は、ありがたくその靴下を頂戴した。 これが・・・彼女の形見の品になる日が来る・・・それもそう遠くない日に・・・ 「あ、だけど注意してね。フローリングで履くとツルツル滑っちゃうから(笑)」 また笑いのツボが・・・二人で大笑い・・・ 一応、相談員にはその旨報告した。「嬉しいわね〜。貰ってあげて頂戴よ」相談員が微笑んだ。 「ご家族には私から伝えておくわ」 私もご家族がお見えになった時、事情を話し感謝の気持ちを伝えた。 「家には山ほど靴下があるの」とお嬢様が笑った。 「母ったらね、●●さんのことそりゃぁ褒めてたわよ。『私の気持ちをとっても理解してくれる』って。相当嬉しかったみたいよ」 その頃の彼女は、夜中になると頻回に居室内外を歩き始めていた。それも歩き始めると1~2時間くらい平気で。歩かなくともベッド柵に摑まってじっと立ったまま動かず、疲れ果てるまで眠ろうとしなかった。最初は胸の痛みを和らげるモルヒネの副作用かと思ったが、そのうちにこれは遺された己が力を確かめているのではないか、と思い始めた。家族は彼女本人には告知していなかった。が、もしかして彼女はどこかで自分の余命を感じていたのではないか、と思えて仕方がなかった。他の夜勤スタッフは「夜中だから寝てください」「寝ていただかなければ困ります」「転んだら危ないですから・・・」などと言っては彼女を無理やり寝かせようとしていた。が、この施設に来てすぐから徘徊老人のお世話を嫌と言うほどしてきた私は、彼女に好きなだけ歩いていただいていた。 いつか・・・近い将来、歩きたくても歩けなくなる日が来る・・・だから歩けるうちは好きなだけ歩いて欲しい。 病状が進行し、少々歩行不安定になってくると、日中も夜間も、他のスタッフは車椅子を持ち出しては彼女を乗せていたが、私は手引き歩行か、シルバーカー歩行の見守りのみで、疲労感が極限に達し、どうしても自力歩行が無理だと判断した場合のみ、車椅子を使用した。 この頃の私は彼女の手のぬくもりと私の体温が一体化する手引き歩行を楽しんだものだ。 きっと彼女も同じ気持ちだったに違いない。だって、手引き歩行するとそれまでのヨタヨタ歩きが途端にスムースになったもの。 そんなこんなで・・・私と他のスタッフ・・・特に副主任とは彼女のケアに対して対立もあったし、格差も生まれた。が、どんなことがあっても私の心は揺るがなかった。どうしてかなど説明できないけど、私には確信があったのだ。 「私がやりたいことは彼女がやりたいこと」 きっとあれでよかったんだよね。 もう彼女から答えは貰えないけど・・・ 毛糸の靴下と最期のあの笑顔が彼女の答だと信じてる。 靴下を頂戴した翌日、彼女にお礼を言った。 「●●さんの心がこもった靴下。あったかかったよ。ありがとう」 「履いてくれたの?こちらこそ、ありがとう。で、フローリングでは履かなかったよね」 「それがさ、うちってフローリングだからさ・・・やっぱり滑ったわ」 二人でお腹を抱えて笑い転げたのは言うまでもない。 |
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薫さん、良いおつきあいができて良かったね〜。
薫さんといっしょに大笑いした時を、その方も思い出しながらあちらで微笑んでいらっしゃると思うよ♪ 寂しい気持はもちろんあるだろうけど、ガンバ! スタルカさん、
寂しいですけど達成感もあります。 介護職の低所得、低待遇が取りざたされてる今日この頃。職場環境は決して良いとは言えないけど、得るものはあります。最近、また新しい入居者が1Fに見えました。今年の七夕に91歳になる父と同じ病の方。いつも新しいお客様を迎えるたびにスタッフとお客様の間に「探り合い」「駆け引き」が繰り広げられる。 彼女との間にもありました。お互い慣れるまでに胃が痛くなる緊張の日々があります。 お客様の本当の笑顔を取り戻すため、施設に慣れていただくため、終の棲家として快適な生活ができるよう、これからも頑張ります。 とても良いお話をありがとうございます。
薫さんと一緒に過ごされた時間は、その方に優しく楽しい思い出になったでしょうね。 きっと天の国でも、和やかに微笑んで薫さんを見守ってくださるでしょう。 宙さん、
この職業の一番の宝はこういう経験に尽きます。 他には・・・何もないかも(笑) この方を始めとする今は亡き方々に感謝です。 天国でも大笑いしてますね。
そのおばあさんと、薫さんて
きっと性格が似ていたんでしょうね。。 そして、薫さんの心が通いあうお仕事ぶり。 一番理解しているのは、ご本人たちなんですね。 現場で辛いこと嫌なこと沢山あると想いますが 薫さんの「心」の結果が 今回のように現れてくれると救いがあります。 beesanさん、
ありがとうございます。 どうですかねぇ。あの方と私って似てるのかしら。 だったら嬉しいけど。すんごくステキな方だったから(笑) そうですね。 介護って詰まるところ「心」のケアなんですよね。 収入には結びつかずとも、心身ともにどんなに疲れようと、お客様の笑顔を見るとねぇ・・・ 「あぁ、この仕事やっててヨカッタァ」って心から思うんですよネェ。 元気でここから出てゆかれるわけでなく・・・ それを思うと一日でも長く私たちと楽しい時間を・・・と願うのみ。 |
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