薫の野郎猫的日常
2017年12月16日 (土) | 編集 |
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※ノーベル文学賞にカズオ・イシグロさん|NHK NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize2017/jyusho_bungaku/kazuo-ishiguro.html
ノーベル文学賞に選ばれたカズオ・イシグロさんが授賞式を前にNHKに語ったのは、フェイクニュースが多い時代だからこそ文学やジャーナリズムを通じて真実を追求し続けることの重要性でした。インタビューの英語と日本語訳の全文を掲載しました。
(インタビュアー: ロンドン支局長 税所玲子)
英語⇒http://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize2017/jyusho_bungaku/kazuo-ishiguro.html

ノーベル賞 “よいことのため奮闘”
ーーー 授賞式を2日後に控えていますが、受賞に対する気持ちを改めてお聞かせ頂けますか? そして可能であれば、ストックホルムでの体験についても。

イシグロ氏: この賞を頂けたことはこの上なく光栄なことです。世界にはたくさんの賞があり、すばらしい賞もありますが、朝食のシリアルの販売を促進するための賞もあります。だから人は賞をもらった時には、その賞が人々の心にどんな印象を残すかについて考えます。ノーベル賞は世界でおそらく最もすばらしい賞と見なされているのだと思います。世界中の人々がそう考えていることでしょう。

現実がどうであろうとも、重要なのは人々にとってノーベル賞が何を象徴しているかです。ノーベル賞が象徴しているのは、非常に重要な何かだと思います。特に、世界が分断され、不確かで、世界に緊張がたくさんある現在においてはそうです。ノーベル賞は実に国際的な賞で、人間が文明や知識を進化させるために、協力して何をするのかをはっきりと物語っています。

ノーベル賞が象徴しているのは、人々が派閥に分裂し、資源をめぐって互いに激しく戦い、口論することではありません。何かよいことをするために一緒に奮闘する、という考えだと思います。こうした理由から、特に現在において、私が科学者、経済学者、医師らとともに世界でこれを象徴できることは、私にとってはとても意義深いことです。現在の世界の状況は非常に張り詰めていますから。

文学は問う “発見をどう利用するか”
ーーー ノーベル賞が授与されるさまざまな分野の中でも、特に文学が果たし、人類が支持できるような貢献にはどのようなものがあると思いますか?

イシグロ氏: 文学の重要な点は、それが人間の経験、感情を際立たせ、私たちが発見した知識によって何をするかを私たちが決める必要があることを際立たせていることにあります。そしてもちろろん、それがノーベルの物語の核心です。

なぜなら、ほとんどすべての人が知っているように、ノーベル賞はアルフレッド・ノーベルによって創始されたからです。彼はダイナマイトを発明し、すぐに疑問が生まれました。ダイナマイトをどう使うべきか? 何のために使うべきか? ダイナマイトはひどい破壊のために使うこともできるし、すばらしい進歩のために使うこともできます。

だからノーベル賞の考えの中には、すぐにある共通の理解が生まれたのです。「知識を進化させ、科学的発見などをすることは、もちろんとても重要だ。しかし、そこにはもう1つ、とても重要な側面がある。つまり、私たちはそれらの発見をどう利用するかを決めなければならない」という理解です。そうしたことは、感情や人間の体験に関して、異なる文化や人種間に一定の理解があって初めてできると私は思います。

つまり、変化を経験するというのはどんな感じか? 技術のすばらしい進化を享受する側にいるというのはどんな感じか? 産業革命に移行し、情報世代に移行するというのはどんな感じか? ということです。私にとって文学の本質とは、人間の感情であり、願わくば私たちが作り出した障壁や壁を超えて、人間の感情を分かち合うことなのです。

文学は自分たちを理解する助けに
ーーー つまり文学の本質とは、互いを受け入れて、必要であれば妥協をしたり共通点を見出したりするために、他者の視点を理解するということですか。

イシグロ氏: そのとおりです。私たちと全く異なる価値観を持っているように見える人々を理解することだけにとどまりません。文学は、私たち自身を理解する助けにもなるでしょう。なぜなら、私たちの国や私たちの小さな派閥の中で、私たちはいとも簡単に「自分たちは正しいやり方をしている」と強く信じ込み、自分たちや自分たちの思い込みが何に基いているのかを立ち止まって観察しないからです。

こうした理由から、私は、文学は非常に重要だと考えています。文学はとても真剣で、厳粛で、高尚である必要はありません。私たちが語ることは、しばしばユーモアや娯楽の中で起こることです。私は、これらのさまざまな物語の語り方には、それぞれ価値があると考えています。映画もあります。日本には漫画もあります。多様な芸術形式があります。テレビもあります。演劇もあります。

それらは、この世界に生きていく中で感じる私たちの気持ちを、交換する手段です。私たちが自分たち自身を見つめ、自分たちを観察することに役立ち、障壁を超えて人々を理解することを助けるでしょう。文学は人間の活動にとって、非常に重要な部分です。

認められたディランの芸術様式
ーーー あなたは去年、ボブ・ディランがノーベル文学賞に選ばれたことを支持していますね。

イシグロ氏: もちろんです! はい。ボブ・ディランは私にとって、さまざまな点でずっとヒーローでした。私は13歳の時に初めて、非常に制御された方法で言葉を使うことに興味を持ちました。初めてボブ・ディランさんのアルバムを聞いた時です。それは「ジョン・ウェズリー・ハーディング」というアルバムで、特に有名というわけではありません。

しかし私は、去年彼がノーベル賞を受賞した時、震えました。彼は、単にその言葉によって賞を与えられたのではなく、「文学とは何か」という解釈が広がった結果、受賞したのであってほしいと考えています。なぜなら、ボブ・ディラン、レナード・コーエン、ジョニ・ミッチェルら、多くの人たちが創りあげてきた、非常に重要な作品がいくつもあるからです。

この数十年の間に発展してきた芸術様式の中には、私が非常に重要だと考える様式があります。その芸術様式とは、フィクション、詩、ドラマと肩を並べる価値があり、パフォーマンス的な側面が強いものの、間違いなく、ある種の文学の形式でもあります。ボブ・ディランをノーベル賞受賞者として認めることは、彼が体現する芸術様式全体の重要性を認めることでもあります。作曲や演奏のパフォーマンスは、私の世代や私より若い世代にとって非常に重要なものになっています。スウェーデン・アカデミーがボブ・ディランの芸術様式を認めたことは、すばらしいことです。

平和賞にICAN 世界への警鐘
ーーー 私たち日本人は、あなたの作品に関する話に移る前に、この質問は避けて通れません。核兵器の廃絶運動を主導してきたICANにノーベル平和賞が授与されたことについて、考えをお聞かせ頂けますか?

イシグロ氏: 非常に感動しました。ICANを評価することは、とても重要で正しい決定だったと考えています。ご存知でしょうが、私は長崎で生まれました。そして私の母は原爆が落ちた時にそこにいました。だからある意味では、私は長崎の記憶の影の下で育ったのです。

私は西側に来てからは冷戦時代の中で育ちました。時に、状況は非常に緊迫しました。私や私の多くの友人は「核戦争が起きるだろう、僕たちはどうすればいいだろう?」と真剣に考えました。1989年の冷戦終結後、すべての人が「核兵器は米ソの緊張とともに消え去った」と思い込んだのは、私には常に奇妙に映り、やや気がかりなことでもありました。

もちろん、その兵器はこれまでと変わらず危険です。実際、それらはもっと緩い管理の下で動き回っています。私たちは、大きな恐怖やショッキングなテロの時代に生きています。状況はとても危険になっていると思います。もちろん、日本の人々は最近、北朝鮮で起きていることのために、そのことを痛感していることでしょう。私たちが核兵器について再び憂慮することは今まで以上に重要だと思います。平和賞をICANに授与することはすばらしい決定です。全世界に向けた警鐘になるでしょう。

過去を忘れるか 過去と向き合うか
ーーー あなたの小説の話に戻りましょう。とても基本的な質問ですが、あなたが小説を書く理由について詳しくお聞かせいただけますか? なぜ、大きな変化や自分の手に余る運命に直面する登場人物を選ぶのですか? なぜ、人と国の両方のレベルでの記憶と忘却というテーマを選ぶのですか? こうしたことを書くモチベーションは何ですか?

イシグロ氏: 私はキャリアの初期には、自分の人生を振り返って「自分が最も誇りを持っていたものや自分の偉業は、実際は自分が恥ずべきことだった」ということに気付くような人々について書きたいと思っていました。彼らが気付かなかったのは、自分の貢献や仕事が、より広いコミュニティの中でどう使われているかという視点を持っていなかったからです。それが私のテーマだったと思います。

なぜなら、私は第2次世界大戦直後の世代であり、日系人でもあるからです。そして、ヒトラーの下で戦ったりヨーロッパの占領された多くの国でヒトラーに協力したりした、ヨーロッパの多くの人々の体験も、理由の1つです。私より一世代前の人々は、常に罪悪感とともに生き、「私は何か悪いことをしたのだろうか? 私はその当時は気付かなかった」と常に考えをめぐらせていると思います。

だから私にとって、それはとても自然なテーマでした。私は年を取るにつれて自分の過去を思い出し、「その過去を忘れることが最善なのか? それとも自分はその過去と向き合うべきなのか」と思い悩む人々に関する問題を提起したいと考えるようになりました。私は、その問題を国に当てはめました。国は、暗い過去を忘れるためには何が最善かをどのように決めるのか? 国は、前進するために、結束を守るために、コミュニティが分裂して内戦に陥ったり派閥に分かれたりするのを防ぐために、過去を忘れなければならない時があります。私たちは、国が絶えず内戦や暴力の連鎖に陥っている状況を世界中で目にしています。それは、彼らが過去に起きたことを忘れられないからです。だから、時には忘れることも必要です。

しかしその一方で、それまでに起きた大きな恐怖や不正義に対処せず、安定した民主主義社会を築けるでしょうか? 国は、困難な時期を経験した個人個人と同じ問題を抱えているように私には見えます。つまり、忘れる方がよいのはどんな時なのか? ということです。そして、覚えておくべきなのはどんな時なのか? 私は当初から現在までこれらのテーマに没頭しています。

よい社会を築くには忘れることも
ーーー 日本は忘れること、覚えていることのバランスに長けていると思いますか? すべての人が合意できるような公式や単純な答えがないことはわかりますが、日本の社会には「埋められた巨人」はいるのでしょうか?

イシグロ氏: はい、あらゆる社会には埋められた巨人がいると思います。私がよく知るすべての社会には、大きな埋められた巨人がいると思います。今アメリカでは、「人種」という埋められた巨人がいると思います。それが国を分断させています。なぜなら、それは埋められたままだからです。私が住むイギリスにも埋められた巨人がいます。

多くの人々は、日本が第2次世界大戦の記憶を埋めていると非難しています。2回の原爆投下のために、その犠牲者を特定する方が、日本にとっては楽かもしれません。それが日本と東南アジアの隣国や中国の間で緊張を引き起こしています。

しかしその一方で、だからこそそれがとても微妙な問題なのだと思います。なぜなら日本は「国はいかにして軍国主義のファシスト的社会から近代的な自由民主主義のモデルに移行できるか」という優れた手本だからです。

現在の世界はとても不確かな場所だと思います。ヨーロッパは今はとても不確かな時期です。日本は依然としてとても安定しています。日本はとても不確かな時代のとても強固な民主主義国家です。これは日本にとって、多くの暗い記憶や日本が犯した残虐行為を、第2次世界大戦直後に押しのけなかったとしても可能だったでしょうか? 不可能だったかもしれません。日本のようなよい社会をいかにして築けるかは、無理にでも物事を忘れることにかかっているのかもしれません。正義が常に対処されてはいないように見えるとしても、です。

この問題は世界中の多くの国に当てはまることです。確かに日本は多くのことを忘れましたが、日本は自由世界におけるすばらしい自由民主主義国家になることに成功しました。それは無視できない成果だと思います。 

前進するために立ち返るべき疑問
ーーー 私たちが第2次世界大戦の記憶を埋めて、気持ちを切り替えて進んできたとして、私たちは今、その記憶に対処する勇気を持つべきでしょうか? それとも、私たちはその記憶を放置して前進し続けるべきでしょうか? なぜなら、今の世代は戦争を忘れて、もっと自分たち自身のことを気にしているからです。ある意味では、私たちはより内向き思考になっています。これからどう進むべきでしょうか?

イシグロ氏: 外部の私が口をはさむようなことではありませんが、友人、あるいは子どもの頃の記憶について苦悩している個人に対して与えるのと同じような助言があります。あなたたちは、次のような疑問に立ち返ってはどうでしょう。何らかの損害が自分の社会にもたらされたか? 物事を埋めたことによって、自分の隣人との関係が損なわれているか?

一部の問題に目が向けられていないために損害が生じたり、これから悪化するかもしれない何か深刻な状況が生じているのなら、次のことを問うべきかもしれません。私たちは今、過去に目を向けられるほど強くなっているか? 過去はより遠ざかっているために、今の方が過去に目を向けるのは簡単か?

ほかの多くの国々は、そうしたことをしてきたと思います。多くの国々が、何世代も前に起きたことについて公式の謝罪を表明してきました。しかし、私は日本に関して何か提言する立場にはありません。私は一般論を述べています。なぜなら、過去をどう扱うかは、今起きることや将来起きることにも大きく関係しているからです。

1つの物語は別の物語からの発展
ーーー 執筆の話に戻りますが、あなたは、ジャンルや、誰かが物語の語り方に取り入れた区分に縛られるべきではないと強調しています。なぜ、あなたは次の段階に進むのですか? 記憶に関する1つのテーマにこだわりつつも、同時に別の表現形式を試すことによって、新たな自分を創造しようとしているのでしょうか? 村上春樹さんは、あなたは小さなかけらで絵を書いているように見えて、それらがやがて一体となって全体像が見えるようになると述べていました。それには同意しますか?

イシグロ氏: はい。多くの作家、そして春樹さんの作品もそれによく似ていると思います。彼が行うすべてのことは、より大きな作品の一部だと思います。それが、村上春樹を私たちの世代の偉大な作家のひとりにしている要素の1つだと思います。私も春樹さんの言っていることは理解できます。なぜなら、彼は同じ作家として、多くの執筆活動をとおして一貫した継続性を理解しているからです。読者はしばしば、外側や表面にあるものに気付きます。だから人々は「ああ、かなり変わったな」と言うのかもしれません。しかしもちろん、物語や物語の中の感情は一貫していることが多いのです。

そして、1つの物語は別の物語からの発展なのです。私は意識的にさまざまなジャンルを試そうとしているわけではありません。常にかなり抽象的なアイデアからスタートします。時代やジャンル、あるいは地理においてすらも、自然な設定はありません。だから私はいったんアイデアを得たら、しばしば、いわばロケハンをすることになります。このアイデアを具現化するのに最適な場所はどこか? 今世紀にそれを具現化すべきか? この国にすべきか? 未来の空想の世界でそれを具現化すべきか? だから私はジャンルについては、全く考えません。私は、その物語を機能させるために自分のベストを尽くそうとしているだけです。

私はむしろ、航空機を発明しようとした昔の人々に似ています。私は、航空機を空に飛ばすために、自分が得られるものは何でも取り入れています。私は自分の隣人の自転車を盗むかもしれません。しかし、それがどんな外見だろうが私は気にしません。私はただそれを飛ばしたいのです。そして私は大抵、本を書いている時には絶望的な気分になります。なぜならそれが「飛ばない」と思うからです。そして私は何でも盗みます。それが飛び始めると、ほかの人々はそれを見て「それは何ですか? 飛ぶ自転車ですか? 飛行機ですか? 空飛ぶ円盤ですか?」と言うかもしれません。後になって初めて、人々はその形を見て、「ああ」と言うのです。しかし私にとってはそれは、小説を組み立て、アイデアのための適切な場所を見つけようとすることに伴う混乱の結果にすぎません。 

始まりは大抵2つか3つの文
ーーー 最初の発想はどこから来るのですか? ソーシャルワーカーとしての過去の経験からですか、それとも自分が日系イギリス人であることからですか? その発想の源はどこにあるのでしょうか?

イシグロ氏: 私が体験したすべてのことは、本の執筆のしかたにおいて役立っていると思います。しかし私にとっては常に、アイデアの始まりは大抵2つか3つの文で、かなり簡単に表現できることです。私はノートを持っています。1979年からノートを持っています。同じものではありません。しかし、それは気がめいるようなものです。私はこれまで2冊しか持ったことがなく、それらはかなり小さいものです。このことが示しているのは、私が持っているアイデアがいかに少ないかということです。時々、物語にするすばらしいアイデアを思いついても、それは誰かほかの人が書くべきで、私にはふさわしくないと思うこともあります。しかし、アイデアを思いついて、「ああ、これは私の領域だ」と思う時もあります。春樹さんなら「それは私のキャンバスの一部だ」と言うでしょう。そこで私は、書き留め、そして考えます。私は常に、とても簡単に表現できるアイデアからスタートします。しかしそれは、私が2つか3つの単純な文の中でそれを見た時に、緊張、感情、そしてポテンシャルにあふれたアイデアでなければなりません。大きな物語を、いわば宿しているものでなければなりません。そうであれば、1冊の小説が書けるかもしれません。しかし、私がそうしたアイデアを見つけるのはとてもまれです。だから私が生涯の中で書いてきた本の数は、多くはないのです。 

書くための時間をいかに得るか
ーーー ある人から、あなたは1冊の本に10年ぐらい費やすと聞きました。自分の孤独にどう打ち勝つのですか? あなたのお父様は科学者で、細部に対してかなり細かい人だったはずです。あなたもその遺伝子を受け継いでいますか?

イシグロ氏: 父の仕事のしかたは、私にとってはすばらしい手本だったと思います。なぜなら、父にとって仕事は「オフィスで、給料のためにして、帰宅してからはくつろぐ」というようなものではなかったからです。彼は決して止まりませんでした。彼はテレビを見る時も、即席の机で仕事をしていました。彼は自分のいすの肘掛けにボードやグラフ用紙を置いていたのです。テレビでスリラーものを見ている最中にアイデアを思いついた時に備えて、彼のすべての道具はそこに置いていたのです。彼は情熱を持って仕事をしていて、私にとってはすばらしい手本でした。私は科学についてはほとんどわからないし、科学的思考を持っているわけでもありませんが、仕事に対するそのような姿勢は、自分の生活から必ずしも切り離す必要があるものではありません。天職のようなものなのです。だから父の仕事ぶりは私にとってはすばらしい手本だったと思います。

私が自分の人生の10年を1冊の本の執筆に費やしたというのはナンセンスです。人が10年も費やすほど何かに没頭したとすればそれはとても立派なことですが、私は1冊の本の執筆に10年費やしたことはありません。なぜなら、私はほかのこともしながらだからです。1冊の本から次の本までの最長期間は私の場合はおそらく5年です。

問題なのは孤独ではありません。最近の作家は社会的であることも求められます。だから、私が本を書く間隔がそこまで長い理由の1つは、私はしばしば、本を出版してから2年ぐらいかけて世界中を回ってその本について語ったり、会議に参加したり、映画化に関与したりしているからです。こうした話し合いのうち一部は実際に形になりますが、多くは実現しません。私は多くの時間をビジネスマンのように費やしています。キャスティングや映画の資金集めや舞台化に関する会議に出ています。多くの点で、問題はその逆です。

つまり、私は本を書くための時間を得るべく努力しなければならないのです。これは、現代の作家にとってますます問題になっていると思います。それを「問題」と呼ぶとすれば、ですが。以前の世代の作家は、そのような程度まで時間の問題に直面することはなかったと思います。

しかし、作家、特に小説家は1人で作業をするので、彼らを支える人は誰もいません。彼や彼女は1人で放置されることが重要なのです。誰かがいつも電話をしてきて、「これをしてください」「あれをしてください」と言います。私の妻は、人々を押し返すことに長けていて、私には「あなたはあれはやるべきじゃない。2階に行って執筆を続けて」と言います。 

2つの異なる社会規範を理解
ーーー あなたはご両親の養育方法について触れられました。70年代や80年代のイギリスの環境の中で典型的な日本人の両親に育てられたことは、あなたの執筆活動やものの見方にどう影響しましたか?

イシグロ氏: 両親による私の育て方は、私がそもそも作家になることにとって極めて重要だったと思います。私の執筆スタイルだけでなく、私がそもそも作家になったことにとって重要でした。なぜなら、私の両親の計画は、1年か2年後に日本に戻ることだったからです。私は5歳の時に長崎からイングランドに移りました。毎年、私たちは戻ることを計画していました。だから私たちは移民にはなりませんでした。私たちは訪問者でした。だから私の両親は常に、西側の人々、イギリス人たちを、異郷の地の先住民のような存在とみなしていました。

私は、それらの先住民の慣習を尊重するよう常に教えられました。しかし、私はその慣習を取り入れるようには求められませんでした。大人に対するふるまい方などのとてもささいなことについてもです。特にその当時は、日本人の男の子はほとんど何をしても許されました。イングランドの基準からすれば、それは非行と呼ばれるようなことです。日本人の男の子は、とても率直で強情な子もいました。しかしイングランドでは、それは当時は逆でした。子どもたちはとても静かでなければなりませんでした。だからすぐに、私の小さな世界の中で、とても大きな違いが生じました。つまり、自分の家の中で自分が求められるふるまいや日本語を話すことと、外で必要なふるまいの違いです。私は常に、2つの完全に異なる社会規範があることを理解していました。私はそのように育ったのです。常に、イギリス人を少し距離を置いて見ていました。この社会の中で物事を絶対的に正しいこととか間違っていることとして見るのではなく、この国の慣習や伝統とみなしていました。

そして家では自分の日本人としての生い立ちのために、私は常に日本のもの、特に日本映画に魅了されていました。私は今でも、1950年代に作られた日本映画と特別な関係を持っています。なぜなら、それらは昔の子どもの頃の記憶を呼び覚ますからです。私の両親は1960年に日本を去ったので、ある意味では、私が受け継いだ両親にとっての日本は、あなたが知らない日本かもしれません。物事は大きく変わりました。小津や成瀬などの監督の映画を見ると、私はそれは両親をとおして自分がイングランドの家で経験した生活にとても近いと感じます。それは私の両親の生活だったと私はいつも思います。だから私は常に、1950年代や60年代初頭の日本映画とは深い関係を持ってきたのです。

日本 文化的勢力として認識される
ーーー 日本について、特に気に入っているフレーズやアイテムはありますか?

イシグロ氏: 先ほど申し上げたとおり、私にとって日本映画はずっと重要なお手本だったのですが、漫画という形式の物語も昔から大好きでした。長崎に住んでいた頃は子どもでしたし、なんでも漫画という形で読んでいたからでしょうね。やがてイギリスに移り住むと、同じものはイギリスに存在しないわけですから、漫画は自分にとって日本文化そのものになりました。漫画本が送られてくると、これは日本特有のものだな、と理解したわけです。そして実際に、漫画は日本特有のものであり続けていると思います。

今では漫画の影響力も大きくなり、アメコミ業界ではだれもが漫画の技術から学ぶようになったのではないかと思います。従来のスーパーヒーローもののアメコミよりも、漫画の物語技術はかなり洗練されています。そんなわけで、今でも私は漫画という物語形式が大好きですし、実はそれは私がやりたいと思っていることの1つでもあるのです。自分の子ども時代の情熱が思い出されるので、生き生きとした描写があるような小説の執筆に取り組んでみたいのです。

とは言え、今では西欧の人たちもすっかり日本文化のとりこになり、まるで私がイギリスに来た当時にフランス文化が人気だったのと同じようです。今となっては、何が日本のもので何がそうでないか、思い出すのも難しいほどです。娘の世代はピカチューなどのポケモンやテレビゲームで育ちましたし、ロンドンの人たちはランチにすしを食べるのが大好きです。あなたが食べ慣れているような高級なすしではないと思いますが、サンドイッチをつまむよりもすしを買うほうを選ぶのです。新聞には数独が掲載されていますし、日本から来たものって何だろう? と改めて考えなければならないほどです。

自分が初めてイギリスにやって来た子どもの頃は、日本というとエキゾチックなイメージしかなかったので、当時とはずいぶん変わりましたね。そして続いたのが、日本が奇跡の経済大国とみなされていた時代でした。日本発の目新しい道具や発明品がたくさんありました。でも、西欧では今、日本は文化的な勢力として認識されていると思いますし、そう認識されることを私はとても誇りに思います。

西欧社会で生きてきた中で私は、「第二次世界大戦の敵国から来た人」から「テレビやカメラ、車を作る国から来た人」、そしてとうとう「村上春樹や芸術的・禁欲的な美しさ、アニメなどのポップカルチャーや任天堂ゲームなどの国から来た人」へと変遷したわけです。この進展を私は大変誇りに思っています。洋服のデザインなども優れていますし、日本文化はあらゆる方面へ広がっていて、これは日本が誇りに思うべきことだと思います。

特定グループへの責任転嫁は危険
ーーー 私たちは表面的にはより国際的になっているように見えますが、地域レベル、国家レベルでは、ここ数年、真逆の現象が見られているということは皮肉だと思いませんか。イギリスのEU離脱とヨーロッパについてのイシグロさんのご意見は理解しておりますが、なぜこのような状況になっているか、もう少し詳しくご説明いただけますでしょうか。

イシグロ氏: ある程度は反動なのだと思います。大衆主義という言葉がおおむね当てはまるでしょう。これは特に西欧世界においてよく見られた現象ですが、興味深いことに日本や、それから東アジアにおいてはあまり見られません。東アジアはこの現象から免れているようですが、ヨーロッパやアメリカでは急速に広がりました。グローバリゼーションに対する反応、グローバリゼーションの広まる速さに対する反応であるということは、ある程度あると思います。

穏やかで洗練された環境に住む幸運に恵まれた私たちが、そういう人たちを指さして、あの人たちは変化や進歩を恐れる、内向きで遅れた人たちだと言うことは簡単です。でも私は、実にたくさんの人々の気持ちや関心をなおざりにしてきたということを見事に表した現象だと思うのです。冷戦が終結し、共産主義が崩壊したあと、まるで抑制がきかない野獣を野放しにするように、資本主義を好き放題に広めてもよいという考えが出てきたことも、原因の一部だと思っています。経済に関する新自由主義的な考えや、自由市場がすべてを支配するという考えは、豊かな国に住む成功者と取り残された人々との間に、とてつもない溝をつくり出したと思います。

この、産業や仕事のグローバリゼーション、つまり国際化から、なぜ自分たちは取り残されたのだろうと考える人はたくさんいると思います。こういう状態になったことにより、人々がお決まりの政治家たちに見殺しにされているから、「私についてきて、一緒に異議を申し立て、事態を元どおりにしよう」と叫ぶ、主流の政治的既成勢力に所属しない政治家などの影響を受けやすくなってしまったのではないでしょうか。

でも、それよりも危険なのは、外部の人間が特定のグループの人々に責任を転嫁することであって、そういったことはよく問題になります。数多くの人たちが社会で取り残されていると、声を上げる人たちがいるのは正しいことです。でも問題となるのは、有権者をコントロールし、彼らの政治的支援を取りつけるためにいちばん手っ取り早いのが、社会におけるマイノリティ、あるいは社会に入ろうとしている人々を、責任転嫁するグループとして選ぶことだということです。これは1930年代にファシスト党が用いたテクニックで、私たちは大変注意しなくてはなりません。社会は分断されつつあり、スペインのように長きにわたって安定していた国が、派閥ごとに割れていっているのを見ると、気がめいります。

失われる“何が真実なのか”への関心
ーーー 政治家が意図的に「私たち」や「あいつら」という言葉を使ったり、代替的事実や偽情報を使用したりすることについてどうお考えですか。そして長期的に見て、こういったことによって、人々が思い出すであろう過去に変化が出るとお思いですか。さまざまなテクノロジーやフェイスブックの投稿などは、ありのままの姿ではなく、人に見られたい姿を映し出しますし、今は重大な岐路であって、劇的に物事が変わりつつある時代です。

イシグロ氏: だからこそ大事だと思うのです。先ほどお聞きになりましたよね、「なぜ文学は大切なのですか」と。文学が大切なのは、基準や真実、感情的真実というものを維持しようとするからです。でも私は、あなたがされているジャーナリズムという仕事、質の高いジャーナリズムというものは、現時点では決定的に不可欠だと思っています。

フェイクニュースというものは常にありました。20世紀は政治的プロパガンダの時代でした。政治にコントロールされたプロパガンダの時代でしたが、現代のフェイクニュースはそれとはかなり違っているようで、私たちの側もうまく抵抗できるわけではありません。私たちは社会として、政府によるプロパガンダや、ヒトラーやスターリンが展開したような政治的プロパガンダには非常に敏感になりましたし、抵抗する力もついています。しかし、新たに登場したフェイクニュースに対しての抵抗力は低いのが現状です。1つ気をつけなくてはならないのは、何が真実で何が誤っているのかということに、私たちは関心をなくしているということです。

一面の真実を伝える力強い人物を否定するのをおそれているということだけではありません。事実かどうかはどうでもよくて、大事なのはその発言を聞いて引き起こされる感情だという考え方がまん延しているように思います。例えば、きのう起こったとされる事件が、自分の怒り、あるいは何かに対する自分の感情を表現していると感じたら、実際にその事件があったことにしようということです。これは大変危険なことであり、また実に新しいことでもあります。作り事としての価値が、何かの議論にとって役立ちさえすれば、何かが実際に起こったのか、それとも起こっていないのかということは、人々はどうでもよいと思っているのです。

あなたがされているジャーナリズムという仕事はとても重要だと思います。また、20世紀半ばの第二次世界大戦の中ごろ、ファシズムや共産主義が台頭し、まさに政府によるプロパガンダの時代だった当時のように、人々が真実とニュースの操作について社会全体として自覚を持ち、警戒することが重要ですし、最近のフェイクニュースのからくりを理解するために、私たちも精通する必要があると思います。

科学技術の進歩への備えが不十分
ーーー 新しく執筆中の本では、新興技術の問題と、そのような技術が日々の生活に与える影響について取り組んでおられると理解しています。今投げかけられたような難しい質問に対する答えとなるようなものでしょうか、それとも全く違うものでしょうか。

イシグロ氏: まだ本を書き終えていないので、自分でも内容についてははっきりとはわかりません。いろいろな意味で、私はまだいつものテーマで頭がいっぱいです。科学や技術の飛躍的進歩について、自分より詳しい人たちとお会いして話をしている最中だからということもあると思います。

新たに可能になったことによって、今まさに社会は大きく変化しようとしているという感触が、今周囲にあると感じます。例えば人工知能のようなものが当たり前になった場合に何が起こるか、社会では十分な検討や討論がされているかどうか疑問に思います。

自分にとっての最も興味深い疑問は、遺伝子を編集することによって「スーパーベイビー」のような存在をつくることができるようになったらどうなるかということです。遺伝性疾患を取り除くことができるという点においては、すばらしく有用な技術です。始まる前に苦痛を取り除くという意味ですばらしい新発見です。遺伝子を編集することによってさまざまな遺伝性疾患の発症を止めることができるのです。でもこれは、もともとやけどや外傷を負った患者のために開発されたものの、今ではお金持ちがより美しくなるためにおこなわれる美容整形手術と同じです。全く同じことが起こるだろうと私は思います。

より知的でより運動能力の高い赤ちゃんを、私たちはつくることができるようになります。正式に他者よりも優れた人間というものができて、一種アパルトヘイトのような仕組みが社会にできることになりますが、そうなると、能力主義という観点についてはどうしたらよいのでしょうか。物事がこのように大きく変わっていく際にどのように社会を組織していくのかという点について、社会全体としてはまだあまり検討されていないように思います。

その一方で、もし大都市が次々にゾンビに襲われたらどうなるかということについては、ポップカルチャーに考えさせられています。ゾンビの襲撃に対しては世界中で十分準備ができているにもかかわらず、実際に私たちに迫っているものに対しては、ほとんど準備ができていないということなのです。      


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