薫の野郎猫的日常
2017年09月06日 (水) | 編集 |
↓の投稿にもある今回の日野氏ビンタ事件で、世田谷区議会の自民・公明・民進が保坂区長サイドに付いたとの情報の件。
区内で起きた子供の人権にかかわる深刻な問題のはずなのに、普通に考えたら、声を真っ先に挙げるはずの世田谷区議さんたちが、特に文教が、不気味なほど沈黙を守っていたり、当日あの会場にいて、twitterでもその件を投稿(それも絶賛する内容)していた公明の区議さんが、あっという間にその記事を削除したり、ものすごく異様。
さもありなん。やっぱりね!
だって保坂区長や教育委員会に異議を唱える私への恫喝や怪メールの中身が、俗にいう「ネトウヨ」そのものなんだよ。
以前の保坂さん支持者とは対極の住人達が、保坂さんの後ろについて日野氏擁護に動いている。間違いない。
裏で、世田谷区議会はすでに、世論と真逆の方向に動いてるってこと。
世田谷区内の公立学校で教師による陰湿な体罰がはびこっているという情報も、こうなると俄かに信憑性が増してくる。保坂さんが区長だからそんなはずはないって、ずっと信じなかったけど。
バカでした、あたし。

★寮美千子‏ @ryomichico 
日野皓正氏のビンタ事件で、近しい人物から電話が「誤解されている。信頼関係あってのあの場面だ」と。いや、状況関係なくダメなんだと言っても通じない。保坂氏のヌルイ対応、危機管理ができてないというと「危機だと思っていない」「そもそも問題にすべきことではない」と。側近がこれじゃダメだな。
日野皓正氏のビンタ事件、世田谷からの新情報。この件は、リベラル派の議員が最初に問題にしたのだが、結果として、自民公民が保坂氏を支持するといった不思議な構図になっている。リベラル派のPTAも始めは批判的だったが、いまでは「うちの子もこのバンドに入れて鍛えてもらおうかしら」と。あらら
日野皓正氏のビンタ事件でわかったのは、日本社会全般の暴力への親和性の高さ。はっきりと暴力を否定するメディアよりも、歯切れの悪いもの、日野氏に同情したり賞賛したりするものが多い。暴力を否定する人を「物事を単純化しすぎ」「だから日本文化が廃れる」と批難する声も多数。やれやれ。
大人と子ども、教師と生徒、男と女は圧倒的に非対称な力関係。「ビンタ」によるコミュニケーションなんてありえない。それは暴力によるパワーハラスメント。それを「愛」と名づけるのは欺瞞。ビンタされた側が「愛」と感じてしまうのだとしたら、その構図自体が歪んでいる。被害はさらに根深い。
共依存そのものですよね。
近しい某氏が「あれは暴力じゃなくて、コミュニケーション。普段からあれくらいのことはあった。子どもは傷ついていない。愛だと思っている」と。もしそれが事実だとしたら、普段からよっぽど歪んでいて、そんな人に、子どもを指導させちゃいけない。周囲の基準も狂ってる。
「おまえを愛しているから殴るんだ」という父親に育てられた娘は、大人になったときに、自分を殴る男を「愛ゆえにわたしを殴るんだ」と誤認してDVの餌食になりやすい。多くの人が「愛故に殴る」を共同幻想としている日本が見えてきて、うんざりしました。



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