薫の野郎猫的日常
2017年07月24日 (月) | 編集 |
今日7月24日は「フレットレスベースの天才」JAPANのベーシストだったミック・カーンの59歳の誕生日。
生きていれば…の話だけどね。
彼が天へと召されたのはあの東日本大震災発災の年、2011年の年明け、1月4日のこと。
肺癌だった。
1958年7月生まれだから亡くなったのは52歳の時、かな? 

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2010年6月4日、ミックのHPで癌告知。
これは、ファンや音楽仲間に治療のための経済的支援を募るため、ミックの家族が本人の承諾を得て投稿したもの。
それほど、イギリスのガン治療は、日本の比にならないくらい莫大な医療費がかかるから。
噂によるとすぐに元JAPANのメンバーがそれに応えたようです。
スティーヴ・ジャンセンは自分のHPで販売しているJAPAN時代の写真の売り上げを寄付すると発表。
リチャード・バービエリも自身が参加しているグループ"Porcupine Tree"の未発表ライヴ音源を有料配信、その売り上げを寄付すると発表。
JAPAN時代にミックの彼女だった日本女性で写真家のフジイ・ユカさんを取ったことで犬猿の仲になった、と言われているデヴィッド・シルヴィアンも自身のHPで「MKA(ミックカーン基金)への寄付を検討してほしい」と呼びかけています。(あ、親友と恋人両方に「裏切られた」傷心のミックはその後、別の日本人女性との結婚と離婚を経験し、「きょうこさん」と言うこれまた日本人女性と再婚。子供(息子さん)にも恵まれたようです。進行性の肺癌を患ってからも彼女は献身的に介護。ミックは子供の顔を見ながらの終末期を希望し、(想像するに恐らく「モルヒネパッチ療法」しながら)在宅で過ごしました。そして2011年1月4日、家族や親しい友人に見守られながら息を引き取ったそうです。奥さんも子供も辛かったでしょうが、彼の最期を見届けてくれました。いろいろあったけど、結果、素敵な女性とめぐりあい、結ばれ、病にむしばまれてしまったけど、でも、幸せな人生だったんじゃないでしょうか。そう信じたい。そう願っていたいです。蛇足ながらスティーブ・ジャンセンも日本人女性と結婚し、ジュードという名の息子ちゃんがいますが、これがまぁ美しいのなんのって…)
また、ミックとコラボシングル「After A Fashion」[83年]を発表したこともあるミッジ・ユーロは、同年8月31日、ミック支援のためのコンサートを開催すると発表。そこには、かつてミックがコラボしたミュージシャン、そして元JAPANのメンバーが出演しました。

そして・・・

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ミック・カーンことアントニー・ミカエリデ。
大好きなアーティストだった。
彼のベースが大好きだった。
無機質で無表情で非人間的なメイキャップやステージングやファッションが好きだった。
音楽や彫像など、才能豊かな人だった。

ケイト・ブッシュ、フィル・コリンズ、ピート・タウンゼント、ミッジ・ユーロ、そしてミック・カーンという信じられない豪華コラボ。

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ミュージシャンと言うよりはアーティスト。
芸術家

ギリシャ人の血を受け継いでるから情熱的で、憧れの人ダリのように彩り鮮やかな原色の世界の住人だと思ってたけど、本当は自作ソロアルバム「タイトルズ」の中のシングルヒット「センシティヴ」のように、正反対の人だったのかもね。




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