薫の野郎猫的日常
2017年03月31日 (金) | 編集 |

現政権に危ういことはすべてなかったことにしようと、本来なら国民の利益を考えるのが仕事のはずの官僚たちが右往左往しながら官邸に忖度。中学校で銃剣道、現憲法に遭わないからと排除・失効確認した教育勅語を安倍政権が容認すると閣議決定。もうパン屋さんが和菓子屋さんに代わることくらいで驚いてはいられないところまで来てしまった、この国。


特集ワイド

作家、作詩家・なかにし礼さんに聞く 自分の言葉、取り戻そう 「二重思考」から抜け出せ/エロスは平和を守ること

作家のなかにし礼さん=中村藍撮影

                          昭和には歌謡曲に幾多の恋の詩を書き、平成には作家として小説やエッセーを世に送り出してきた、なかにし礼さん(78)。がん再発後、一度は死を覚悟した自称「言葉人間」の目には今、この国の「言葉」が少しずつ損なわれ、失われていくのが見えるという。取り戻す道をどこに見いだせばいいのだろう。【小国綾子】

 「言葉が失われつつある。日本人は自ら『声なき民』でいることを選んでいるのではないか」。東京・赤坂にある会議室で、なかにしさんがこう切り出すのを聞いて、正直、戸惑った。

 インターネットの隆盛で個人が意見表明するハードルは低くなった。むしろ言葉にあふれているとも言えるのではないか。

 そんな疑問を察したかのように、なかにしさんは「他人のものとは違う、自分の言葉でなければいけない。でも今あるのは、これだけ」と、親指を立て、フェイスブックの「いいね!」をまねてみせた。「他人の意見に『いいね!』と言って意見表明したつもりになっている。これでは言葉を失っているのと同じです。言葉の、そして『個』の喪失です」。部屋の空気が、より一層重くなる。

 「日本は『二重思考』の国になりつつある」と言う。その考えの下地にあるのは、英国の小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」(1949年出版)だ。「党」が支配する全体主義的な近未来社会を描いたディストピア小説で、トランプ米大統領誕生後、米国で大ベストセラーになっている。

 「二重思考」とは、この小説の中で「党」が国民に強要する思考回路だ。国民は矛盾する二つの信念を同時に受容し、信奉することを強いられる。例えば、党が「2足す2は5」と言えば、二重思考を駆使し、それを信じ込まねばならない。

 「言葉人間」の作家は危惧する。「確かに日本は憲法で、思想の自由も言論の自由も保障され、戦前のような言論統制があるわけではない。しかし、アンケートを取れば『どちらでもない』と答える人が極端に多い。人と異なる意見を口にするのを避けようとして、あるいはネット炎上におびえて、原発問題に、死刑制度に、改憲に、自分の良心に照らしてイエスかノーか、声を上げられなくなっている。ノーだがイエスでもある、などとごまかしてはいないか」と。

 つまり自分で自分に「二重思考」を強いている、と言うのだ。「歴史修正主義はその最たるものです。『南京大虐殺はあったな』『いや、ないっていう人がいるんだからないんだろう』。二つの相反する考えをその場の空気でどちらも受け入れる。自分の考えを言わず、問題に触れないことが賢明であるかのように、面倒なテーマはあえて避ける。結果、言葉は失われていくのです」

 なかにしさん自身も「二重思考」から脱するため言葉と格闘してきた、と打ち明ける。生まれ育った満州(現中国東北部)から8歳の時、日本に引き揚げた。少年時代を過ごした青森では「まんしゅう、まんしゅう」といじめられ、戦争体験を“開かずの扉”に押し込めた。

 戦争体験を隠して生きようとする自分と、それが血肉に染み込んでいる自分。「相反する自己の間で、歌謡曲に詩を書き続けた。戦争体験を直視し、克明に思い出し、それを恋の歌の体裁にすることで、僕は言葉を獲得した。戦争で体験した事実から目を背けようとする自分自身を克服し、『二重思考』から抜け出そうとしたのです」

 例えば、67年に黛(まゆずみ)ジュンさんが歌ってヒットした「恋のハレルヤ」は、中国・葫蘆島(ころとう)の丘から海に浮かぶ引き揚げ船を見下ろし、「あれで日本に帰るんだ!」と歓喜した記憶が下敷きになっている。<愛されたくて 愛したんじゃない>の歌詞の愛の相手は、生まれ故郷満州であり、祖国日本である。政府に棄民にされた少年の故郷を思う恋慕が、恋の歌となったのだ。

 昭和の時代、エロスに満ちた恋の歌を書けること自体が、なかにしさんにとって「平和」だった。「エロス、つまり人を愛するということは、それ自体が支配層の強いる『愛国心』への反逆だから。エロスは『個』を大事にすること。平和を守ること。エロスなき世界に平和はない」。黒い指輪をつけた手のひらを頬に添え、持論を語る。

 しかし当時は、戦争体験を下敷きに恋の歌を書いてきたことを口外しなかった。「日本人は先の戦争に負いの意識を持っている。そこに戦争体験を持ち出すのは愚かだと思った」からだ。

 平成の時代、さらに一歩踏み出した。歌を離れ、作家を目指した。本当に書きたいことにより迫るために。以来、自身や家族の戦争体験を下敷きにした作品を次々に発表。「もっとも『長崎ぶらぶら節』は、まだ二重思考が色濃く出た作品でした。日本人の美意識、人情のこまやかさを評価するような作品がこの国では好まれると知って、日本文学の価値観で書いた。その結果が直木賞でした」

 転機は2012年2月。食道がんが見つかり、余命8カ月と宣告された。陽子線治療が成功したものの、15年、リンパ節に再発。抗がん剤治療を5回受けた末、なんとか仕事に復帰した。「死を覚悟した時、寄り道している暇はないと思った。本当に自分が書きたいこと、書くべきことを書こうと」。そうして書き上げたのが近著「夜の歌」だ。全459ページの分厚い本だがこの春、3度目の増刷が決まった。

近著で戦争の「加害」体験も克明に

 小説の形を取るが、事実上の自叙伝。過去にも「兄弟」や「赤い月」など戦争をテーマにした自叙伝的小説はあるが、この本は明確に違う。戦争に翻弄(ほんろう)された被害者としての体験談にとどまらず、加害者としての体験を克明につづっている点だ。

 なかにしさんらは、軍用列車で満州の牡丹江から脱出する途中、日本刀を振り上げた将校に命じられ、列車にしがみつき「乗せてくれ」と懇願する開拓団員たちの指を一本一本はがしていった。「中国人や韓国人に対する加害者だった、というだけじゃない。僕らは同胞をすら見殺しにしたんです」。小説には、<誰一人、正しさだけでここまで生き抜いた人間などいない>とつづった。

 なぜ、あえてつらい加害体験を書いたのか。「本当は書きたくなかった。しかし書かねば、と思った」と吐露しつつ、こう言った。「二重思考から自由になるためです。この本は戦争の残酷さだけでなく、国民を食い物にし、『加害者』にしてしまう国家を描こうとした。白を黒と言いくるめて戦争を起こし、『2足す2は5である』と二重思考を国民に強いた、国家権力のからくりそのものを書かねばならないと」

 そして静かに言い添えた。「僕はそれを書くために作家になったのですから」。見れば、本の帯に「なかにし礼、最後の小説。」という文字があった。

 今、「自分の言葉を取り戻そう」と呼びかける。「国会では共謀罪法案が明日にも通りそうだ。死んだはずの教育勅語までが鎌首をもたげている。歴史は修正され、ヘイトスピーチが横行する。米国では、トランプ大統領の報道官の虚偽発言を、大統領顧問が『オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)』と表現した。まるでオーウェルの書いた『二重思考』そのものです」

 日に日に危機感が募る。「日本だけではない。世界中のあらゆる国家権力は、こちらがうっかりしているうちに、白を黒と言いくるめ、史実や事実を改ざんし、国民にさまざまな犠牲を強いてくる」。それはもう、歴史が証明しているのだ。

 自分の言葉とは何なのか。どうすれば、それを取り戻せるのか。「理性や人間性や良心を持って真偽を見極めること。自分の頭で考えること。権力を持つ側が真実をねじまげようとした時には、恐れず声を上げること。白は白である、と。僕はそこから始めたい。そのために書く」

 2時間半のインタビューを終え、赤坂の街でなかにしさんを見送った。右手に黒いステッキ。背中がしゃんと伸びている。4000曲もの歌を生んだ作家が繰り返した、私たちへの呼びかけの言葉を忘れまい。

 「一人一人が絶えず、言い続けましょう。2足す2は4であると。白は白であると。それこそが言葉を取り戻すこと。平和への最初の一歩なのです」


 ■人物略歴

なかにし・れい

 1938年、旧満州生まれ。シャンソンの訳詩や多数のヒット曲を手がけた。集団的自衛権行使容認が閣議決定された2014年夏に書いた詩「平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう」(7月10日「特集ワイド」掲載)が大きな話題を呼んだ。

 
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