薫の野郎猫的日常
2016年10月25日 (火) | 編集 |
★平さんに続き肝付兼太さんの訃報。
「ピノキオ」のジミニー・クリケット、「リトル・マーメイド」の初代スカットル、イカボード先生など数々のお仕事でご一緒させていただきました。物静かでとても上品な方だという思い出があります。肝付さん、ありがとうございました。

お仕事ご一緒させていただいた方の訃報が続くなぁ。と思っていたら…

★ピート・バーンズさん急死=「デッド・オア・アライヴ」ボーカル(時事通信) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161025-00000006-jij-eurp #Yahooニュース

いくら自分がそういう年齢になったとはいえ、ここまで連日、知った方の訃報が続くと、冗談抜きで凹むよ。

デッド・オア・アライヴとピート・バーンズと言えば、1980年代、バブル全盛のころ、出来立てのEPICソニーレコードジャパンが本格的に力を入れて日本でブレークさせようと来日させた洋楽アーティスト。某有名ホテルの1室で催された「お披露目会」のときからのお付き合い。

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その時のお土産はラベンダーのポプリでした。あれから32年くらい経ったかな?さすがに赤いペーパーバッグはすでにボロボロで捨てちゃったけど、でも、ポプリは今でも持ってるよ。このポプリポッドのせいかな?ピートというとどうしてもラベンダーのポプリを思い出してしまう。ピートさん、57歳までよく生きたね。よく頑張った!偉いよ!!安らかに眠ってね。 
 


ピートバーンズとDOAの思い出と言えばもうひとつあった。日本でも人気が出始めた頃、武道館のアリーナを全席取っ払ってオールスタンディング(記憶が曖昧なんだけど、フロアに何かビニールシートのようなものが敷いてあった気がする。まさかゴザじゃなかったと思うけど(笑)で、このイベントの時だけ、もしかしてアリーナって靴脱がなきゃならなかったんじゃなかったっけか?「靴袋」渡された記憶がうっすらながらあるんだけど…)にし、一夜限りのディスコナイトと当時では考えられないような企画ものを、バナナラマとかと一緒にディスコがらみのアーティストを総動員したんだけど、当時、すでに日本で大フィーバーだったバナナラマが、まぁ~~不真面目で、ギグの順番が来ても待っても待っても出てこないわ、やっと出て来たと思ったら真面目に歌わないわ、アンコール曲も歌わずさっさと引っ込んでしまうわ、で客がとうとう怒り始めたんだけど、そこをピートたちが必死に取り繕って、彼女たちの分まで汗だくでパフォーマンスしたんだわ。で、そこにいた客たちの間では「DOA、ピート・バーンズ神対応」「あいつ等、外見はああだけど、いい奴」ってことになって(笑)あの時のピートたちの汗みどろの姿、今も覚えてる。本当に、本当にいい人、優しい人だった。




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