薫の野郎猫的日常
2015年08月12日 (水) | 編集 |
30年前の今日。
私は築地の広告代理店で日本航空の機内放送製作をしていた。
あの日から毎日TVで流れた、犠牲になられた皆様が耳にしただろうエマージェンシー・コールも私が作った。
あの日、搭乗の際、犠牲になられた方々が何気なく聞かれたであろう機内BGMも、
楽しんでおられただろう機内音楽や落語も、すべて私が作った。

この日からJALは一生、それがたとえインストルメンタルであろうと、坂本九さんにまつわるすべての楽曲を使用できなくなった。

30年前の今日。
いつものようにいつもの仕事をやって、いつものように残業して、
そしたら・・・
つけっぱなしのオフィスのTVでニュース速報が流れた。
あわてて上司が居そうな雀荘に片っ端から電話をした。
クライアントのオフィスにも連絡を入れた。
探し当てた上司が居る雀荘に状況説明をするため外に出た。
30度を超すムッとするような湿気の多いべたつく空気とにおいを鮮明に覚えている。

30年前の今日を境に、私と私の周りの生活は一変した。
思い出したくもない記憶。
でも忘れちゃいけない記憶。
忘れようとしたって忘れられない。
一生背負って行かなきゃならない思い出。
誰にも言えない、棺桶まで持っていく覚悟の記憶。
TVでもどこでも伝えていない忌まわしい思い出。

これもまた定と諦める。
祈りと鎮魂と溜息と諦めとなにもかもがごっちゃ混ぜの一日。

私の命が終わるまで毎年この日は私にとって特別な日。

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だけど、世界は美しい。





コメント
この記事へのコメント
あの日
あの日あの時間少し前のこと。伊豆高原で見上げた空にはいつもより大きな機影がいつもとは違う方向に飛んでいました。
それを眺めながら あんなに重いものがなぜ飛ぶのか…等々少しだけ罰当たりな会話をしました。夜になって徐々に流れてくるニュース。夜になって、五歳の娘が熱を出しました。
翌朝 宿で探してもらい 河津口まで戻って飛び込んだ小児科の待ち合い室のTVで見た 救出される少女の姿、前日の罰当たりな会話を心底後悔した記憶。
苦い思い出です。
今もまだ心がチクンと痛みます。
2015/08/12(水) 22:52:45 | URL | ばあば #tQ725RIE[ 編集]
ばあばさまへ
ばあば様にもそんな思い出が・・・。
どんな巡り会わせでこんな思いをせねばならなくなったのか。
きっと意味があるとは思うのですが。
30年経った今でも見つけられずにいます。
2015/08/15(土) 00:51:27 | URL | 薫@千太組 #jhHw6g8s[ 編集]
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