薫の野郎猫的日常
2015年08月09日 (日) | 編集 |
★平成27年 「長崎平和宣言」
「70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、いま揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。」

「噂通り」当初の市の案には安保法案への言及がなかったが、「被爆地の市民としての強い懸念が伝わる表現にしてほしい」などの意見が委員から上がって盛り込まれた。
自公が過半数を超える長崎市議会。「安全保障関連法案の廃案を求める意見書の提出」も即否決。そんな中で市長とはいえ市議会の意に反する内容の平和宣言を全世界に向けて発信した意味は大きい。田上さんは安倍さんや長崎市議会ではなく、長崎市民、日本国民、世界人民に視線と心を向けていた。
安倍首相のスピーチの後の拍手は広島とは比較にならない程大きった。あの土地は今、自公が過半数を超える多数会派。長崎市議会で「戦争法案を廃案にする提案書」も否決。その中にあってのあの市長の平和宣言。市長と被爆者代表に対する拍手に負けてはならぬと自公支持者が総理へ大きな\拍手を送ったのでは。私の耳には、あの「拍手合戦」は、父が被爆した長崎の地においても、「民主主義」VS「安倍政権」の争いに聴こえました。

★また、2015年ノーベル平和賞の候補者にノミネートされた被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さん(86)は、この式典の「平和への誓い」の中で「戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」が制定されました。しかし、今、集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。」と述べました。

そんな谷口さんの「平和への誓い」全文をここにご紹介したいと思います。谷口さんにとっても「平和の誓い」を述べるのは、1974年以来41年ぶり2回目のことだったそうです。さぞかし、戦争法案に対する危機感がおありだったのだと拝察します。

「 70年前のこの日、この上空に投下されたアメリカの原爆によって、一瞬にして7万余の人々が殺されました。

 真っ黒く焼け焦げた死体。倒壊した建物の下から助けを求める声。肉はちぎれ、ぶらさがり、腸が露出している人。かぼちゃのように膨れあがった顔。眼が飛び出している人。水を求め浦上川で命絶えた人々の群れ。

 この浦上の地は、一晩中火の海でした。地獄でした。

 地獄はその後も続きました。火傷(やけど)や怪我(けが)もなかった人々が、肉親を捜して爆心地をさまよった人々が、救援・救護に駆け付けた人々が、突然体中に紫斑が出、血を吐きながら、死んでいきました。

 70年前のこの日、私は16才。郵便配達をしていました。

 爆心地から1・8kmの住吉町を自転車で走っていた時でした。突然、背後から虹のような光が目に映り、強烈な爆風で吹き飛ばされ道路に叩(たた)きつけられました。

 しばらくして起き上がってみると、私の左手は肩から手の先までボロ布を下げたように、皮膚が垂れ下がっていました。背中に手を当てると着ていた物は何もなくヌルヌルと焼けただれた皮膚がべっとり付いてきました。不思議なことに、傷からは一滴の血も出ず、痛みも全く感じませんでした。

 それから2晩山の中で過ごし、3日目の朝やっと救助されました。3年7か月の病院生活、その内の1年9か月は背中一面大火傷のため、うつ伏(ぶ)せのままで死の淵(ふち)をさまよいました。

 そのため私の胸は床擦れで骨まで腐りました。今でも胸は深くえぐり取ったようになり、肋骨(ろっこつ)の間から心臓の動いているのが見えます。肺活量は人の半分近くだと言われています。

 かろうじて生き残った者も、暮らしと健康を破壊され、病気との闘い、国の援護のないまま、12年間放置されました。アメリカのビキニ水爆実験の被害によって高まった原水爆禁止運動によって励まされた私たち被爆者は、1956年に被爆者の組織を立ち上げることができたのです。

 あの日、死体の山に入らなかった私は、被爆者の運動の中で生きてくることができました。

 戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」が制定されました。

 しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。

 今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。

 核兵器は残虐で人道に反する兵器です。廃絶すべきだということが、世界の圧倒的な声になっています。

 私はこの70年の間に倒れた多くの仲間の遺志を引き継ぎ、戦争のない、核兵器のない世界の実現のため、生きている限り、戦争と原爆被害の生き証人の一人として、その実相を世界中に語り続けることを、平和を願うすべての皆さんの前で心から誓います。

平成27年8月9日

被爆者代表 谷口稜曄(すみてる)」


コメント
この記事へのコメント
安保法案は日本人皆が考えて行かなければいけない事と思い
国会からのテレビ放映を目を凝らし耳を傾けて下りましたが
時々思わずテレビに向かって違うでしょう、と怒鳴り声を上げて
しまう時が何回も有り1人悶もんとした時間を過ごしてきました。

この記事で長崎市長さんの昨年もそうですが本当に人を思う心に
感激しました。

昨年の高校生の微力だけども無力では無いの言葉と共に一生
忘れる事は無いでしょう。

若者が立ち上がり大きな波になり国を動かしてくれる事を願ってます。
国会の中でチョロチョロ口だけで戦ってるおじさん達にもう任せては
置けません廃案にする為頑張って下さい

もう国民は安倍さんに騙されない首相は国民を安全な方に導くもの
貴方は危険な方に追いやる、自分はヌクヌク警護に守られ国民は
万が一の時は戦争に行けと言うのですか?
自分が行きなさい、毎日命を掛けて海を守り空を守り其の上
国と企業の甘甘の考えの為に自然災害も含むとは言いながら
原発事故の後始末に多くの人が命がけで仕事を成し遂げようと
頑張って居る事忘れては居ませんか?大臣達に一日いえ一時間でも
この人達と共に働いてくれる腹の据わった方は居りましたら即首相です

平和宣言の最後に::::賛同:::チョットだけ役に立てたかな
暑さの中デモ行進お疲れ様でした、薫さんが発信してくれたお陰で
賛同クリック出来た少しだけ役に立った気持ちにさせて貰いました
本当にお疲れ様、有難うございました。
2015/08/09(日) 23:28:05 | URL | クリ子の母 #-[ 編集]
クリ子の母さんへ
長崎市長の平和宣言に賛同くださりありがとうございます。

日本人、最近は国会放送や政治ネタにやけに詳しくなった人が増えました?(笑)それはとってもいいことですよね。これまであまりにも無関心すぎたのです。だからこれくらいで丁度いい。昨日も共産党の小池代議士が爆弾投げました。下手すると戦争法案廃案に持ち込めるほどの。期待していたほど支持率があまり下がらなくて、これは・・・と思っていたので、これからどうなることか。国民も頑張ってるんですから、野党ももっともっと頑張ってもらわないと困るんですよね。野党ときたら、大学生の活動団体シールズにおんぶに抱っこ。情けないったらありゃしない。

大学生、高校生、ミドル、ママ、オールドと年齢層により、どんどん活動団体が増えてきてます。地方、地域にも活動の幅が広がってきています。国民の力の見せ所です。

2015/08/12(水) 08:10:11 | URL | 薫@千太組 #jhHw6g8s[ 編集]
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