薫の野郎猫的日常
2015年08月09日 (日) | 編集 |
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70年目の長崎原爆忌。

父の人生を再び狂わせた日。
満州から引き揚げ、熊本へ。
働かない父親の代わりに愛しい母親と妹を食べさせるため働きに出た長崎で被爆。
その後、肺結核を患い熊本のサナトリウム「再春館」で療養。
片肺を切除。
もう片方の肺も肺気腫で最期まで苦しみ続けた。

昭和20年8月9日  午前11時2分
当時の長崎市の人口推定24万人のうち約7万4千人の命が一瞬のうちに消えた日。

浦上天主堂前の被爆マリア像 
浦上天主堂の被爆聖人像

廃墟となった大浦天主堂のレプリカ(原爆資料館) 
廃墟と化した大浦天主堂のレプリカ(原爆資料館)

「昔のことは思い出したくない」

父は息を引き取るまで多くを語らず。
ただただ毎年、原爆忌に広島と長崎のため祈っておりました。

S0134018[1]
だから、私も父に倣って祈りつづけます。
父の形見のクルスとメダイとともに。

みな同じです。

どこも同じです。

被爆地、被災地、戦地で苦しむすべての、世界中の地域のために。

二度と繰り返さぬよう!

二度と繰り返させぬように!



【祈りながらも、ふつふつと湧き上がる猛き心を抑えきれずにおります。
思いの丈を追記にて書き殴ることをお許しください】



福島の第1原発でまた作業員の方が亡くなられた。
この1週間でお二人も。
東北の地とはいえ猛暑の中あの作業服での作業がどれほど過酷なものか想像を絶する。
私たちの生活のため毎日毎日、体力も精神も消耗し…申し訳ありません。
本当に本当にありがとうございます。
お盆も近い。
ご遺族の方のお気持ちを考えると堪らないです。

国会の答弁で広島と長崎の被爆地を「セット」と表現した安倍さん。
その「セット」にどれほどの国民の命が苦しみ、嘆き、悲しんでいるか、
その一欠けらさえも自分の身に置き換えて感じていない証拠。

そんな人としての感情が欠けている人物が、
原発事故の被災者の皆様やご遺族、そして原発作業員の方々のことを慮っているとは到底思えない。

たとえあの人の口からどんな美辞麗句が飛び出してきても、
それが一つも心に響いたことがなかったのはこういうことだったか、改めて確認できた。
私は、安倍晋三という人間がこの国の首相でいることを許さないし、首相であることを認めない。

人を、人の命を「モノ」としか感じられない人間を、この国の総理大臣として断じて認めない。



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