薫の野郎猫的日常
2014年11月26日 (水) | 編集 |
寿三郎が脱皮してもう初七日。
千百染に比べ、あっという間の七日間。
出逢いも突然なら別れも突然。
なにもかもがまるで夢のよう。

15日に退院して19日に脱皮するまでの4日間もまるで夢のよう。この日を待っていたかのように、飛び切りの美しい放物線を描きながら落ちていきました。

きっちり治って20年選手で元気に生きられる方法があるんだったら、病院でも家でもどんなことでもすると思うけど、どんなにジタバタしても着陸地点がここなら、家だけは安らぎの場所でありたいと思った。ジュサ坊が六輔みたいに静脈点滴3日ですっきり治らなくても、慢性腎不全に移行してもいいからと頑張った。私も主治医も急性腎不全なら治る見込みがあるからと、静脈点滴3日で諦められなくて、家に帰りたがっていたジュサ坊を「もっともっと」と1週間も病院に留め置き、腹膜透析までしたから。本当はわかっていたはずだ。ジュサが長くは生きられないんだってこと。あの時の感情は「希望」なんかじゃない。ただの「未練」であり「執着」であり「欲」だ。だから、せめて、在宅では我欲じゃなく、ジュサのやりたいように、快適に生活できるよう胸水だけは抜くけど、あとは好きなようにさせてあげたくて。。。

正直なところ、静脈点滴しても全く数値が下がらないどころかどんどん上昇してくる腎臓数値に、入院半ばごろから、慢性腎不全に移行することはないんじゃないか、きっとそんなに長くは生きられないと心の片隅では思っていたので、退院してからの記録は新しいノートではなく、百次郎の記録ノートの残りのページを使いました。

病気と言っても日ごと容赦なく上昇し続ける腎臓&どこからかの出血で減り続ける血小板以外、入院前は高かった肝臓も数日間でしっかり基準値に戻ったりして、退院の日には腎臓と血小板以外、全く問題ない数値のままだったので、どんな最期になるのかほとんど想像がつかないまま。低くなりつつあったPCV赤血球も退院前にはしっかり35過ぎる数値に戻ってまして、本当にジュサ坊は死ぬのか、って半信半疑。帰宅してから翌日まではキャットタワーに上って祠で休んだり、寝室のベッドに上って毛布に潜って眠ったり、行きたいところへ好きなだけ歩いて移動したり。体力あるんだ、って驚いてました。お水も生まれつき飲み方が下手だったし、下手なりに踏ん張って自力で飲んだり、シリンジでサポートすれば、ゴクゴク喉を鳴らして相当量飲んでもくれました。

でも、11月16日。
厳密にいうと11月17日の午前2時。
夜間往診の先生に来ていただき、歯茎が真っ白だったり、呼吸の具合で胸水が溜まっているということで、抜いていただきました。左右で145ml。退院する日に50㎖抜いてもらったはずなのに。その上、体温33度。低体温は気が付いてました。触れると冷たいし、冷所に行きたがっていたから。往診医はすぐにでも室温を上げて体を温めるよう言いましたが、私はそれを断りました。もう体を温める必要を感じなくなっているのかも、体が温まることが苦痛になっているのかも、と感じてましたから。往診医は帰りしな、「このまま低体温と尿毒の力を借りて苦しまずに旅立ってくれればいいね」と。

11月17日。
朝、トイレに行っても方向転換が難しくヘタるようになりました。水飲みサポートしてももう舌がうまく動かなくなりつつありました。暖かいリビングより、床暖が効いていない水飲み場や寝室ベッド下や風呂場の脱衣所にいる時間が長くなりました。お昼前にはもう上手に歩けなくなってました。後ろ足が思うように動いてません。トイレはまだ自分で行けるし、踏ん張ることもできます。午後3時近く、冷えた体を温めるため、よろけながらリビングの猫ベッドへ戻りました。午後5時過ぎ、水飲み場がある台所のキッチンマットで排尿。とうとうトイレ以外で排泄するようになってしまった。排尿後、懸命に立ち上がり踏ん張って一口、自分で水を飲めました。そしてへたり込む。シリンジで飲ませようとしても拒否。午後8時、夜間往診で胸水を抜く。左右で175㎖。主治医も自宅輸液はしないと断言していたが、実はこっそり隠れて皮下輸液をしているのではないかと疑うほど、往診の獣医さえ驚くほど貯まっている。2日待っていられないほどのスピードで貯まる胸水。明日の予約をする。胸水を抜いてもらったのがよかったのか、トイレまで歩いて用を足したり、水を自力で飲んだり動きが活発。でも、23時58分、猫ベッドで排尿。。。尿の臭いは無臭なのに、透析の翼状針痕からじわじわとにじみ出てくる回収できなかった透析液の臭いは強烈なおしっこの老廃物の臭い。それが悲しい。

11月18日。
生きることを頑張っているジュサ。今日明日中にはお迎えが来るだろうと言われながら…往診の先生も仰ってましたが、まるでどこも悪くないみたい。老衰で旅立つような感じ。浦島太郎じゃないけど、それまで元気だったジュサがあっという間におじいちゃんになって老衰になって眠っているみたい。そう、老猫介護してる感じなんです。15日に静脈点滴も透析もストップしてるし、自宅で皮下輸液もしていないから、体中老廃物だらけだろうし、生きる時間が長引くほど容赦なく尿毒は増え続けるばかり。なのに、吐き気もないし、痙攣もない、口呼吸もしない。入院中に吐き気が始まったと報告があったのはきっとストレスからくるものだったのだろうと思う。家に帰ってからは安らかで静かで穏やかな時間だけが流れている。もうトイレに行って用を足すことはほとんど見られなくなった(ゼロではないけど)。よろけながらリビングから出て玄関まで移動したので、抱っこして寝室ベッド下へ移した。「ここじゃないよ!」と自力で風呂場の脱衣所へ移動。そこでジュサ坊の大好きな「イングリモングリ」や「顎コチョコチョ」して過ごした。小一時間して、自力で寝室ベッド下にもぐり眠る。そのままにしてしばらくその場所を離れる。小一時間後、なんだか胸騒ぎがして寝室へ行くと、ベッド下で必死な形相をしたジュサが動きづらくなった体で懸命にベッド外へ出ようとしていた。手を伸ばせば届くところまで来たところで力尽きたので、両前足を持って引きずり出し、死体のように冷たくなりぐったりしているジュサをリビングの猫ベッドへ運ぶ。ジュサが自らカーペットへ移動し、唸りながら、歯ぎしりしながら蘇生。百次郎の最期の日、百が自らの意志で低体温の体をもっと冷やすために冷たい場所でグッタリと横になっていたのを、わざわざ暖かい場所に移し、湯たんぽで温め蘇生させ、それから脱皮するまでの約2日間、肺水腫で死の苦しみを与えた私。なのにまた性懲りもなく同じ過ちを繰り返すつもりか?ジュサをあのままにしてあげたら、きっと脱皮できた。なのに・・・。蘇生した後も全く苦しむ様子がなかったので、肺水腫にはなっていない様子。入院中の静脈点滴液、「いつ肺水腫になってもおかしくない」と往診の獣医師も心配していたくらいの量が体内にまだ貯留しているというのに。夕方5時、もう歩けなくなっていました。夜8時、往診で胸水を170㎖近く抜く。死が近い子が連日こんなに胸水を貯めることは珍しいとのこと。きっと脱皮に邪魔なんでしょう。重たくてうまく高く飛べないから、抜いてくれる場所に必死に貯めこんでいるのだと思う。怖ろしいほどのレベルであろうと想像できる尿毒症にも拘らず、吐くことも痙攣も口呼吸もしない。このことも獣医師にとって珍しいとのこと。たま~にいるらしいけど、そうそうお目に罹れないとのこと。ジュサらしいや。すべて低体温のおかげかもね。眠るように脱皮できるかな?体重もやっとこさ4.98キロまで減ったことだし、明日あたりに苦しまずにあっちの世界へ行けるかな?
体を冷やしに水飲み場に行き懸命に水を飲もうとしたが体が言うことを聞いてくれない。その場に横たわっているジュサに手で水をすくって指から滴り落ちる水滴を1滴ずつ口に含ませるとおいしそうに喉を鳴らして飲んでくれた。きっとこれが末期の水。

11月19日
早朝、抱っこしてトイレ介助。そこで気が付きました。今日初めて口の臭いが尿毒臭に変化してました。
今日、ジュサの体を冷やしたままにします。このまま脱皮させます。その努力をします。日を追うごとに尿毒が増え続け、低体温が進行しているジュサだから、もうほとんど苦痛にしか感じなくなっている「体を温める」時間を今日でストップします。いつものようにリビングから冷たい場所へ動こうとしたので抱っこして寝室へ連れて行きました。もし自らベッド下に潜り込んだらもう昨日のように引き戻したりしません。すべてジュサの思うままに。自然の力にゆだねます。
「何もしない介護」ジュサ坊のような子には最適だった。ただ胸水を毎日抜いてもらうだけ。他は日常生活の中で落ちていくのを見守るだけ。日々弱っていくジュサ坊がありのままの姿でみんなに交じって同じ時間を共有し、共に生活している。そんな形の看取りもいいね。緩やかに、確実に「できないこと」が増えていくのを受け容れ寄り添うだけのケア。あと、夜間往診を頼んだことで、千百染では味わえなかった安らぎの時間が保障された。料金はお高いけど、価値はプライスレス。通院のストレスから完全に解放され、在宅で安心して看取ることができる安心感って何にも代えがたい貴重なものです。
お昼前、自力で風呂場の脱衣所に移動。どうしてここなんだろう。まさか、ここならどんなに汚しても後掃除が簡単だから?気遣いの男でもまさかここまでは思わないよね。ふと、ジュサ坊の視線と同じ目線で見てみて納得。ここならリビングが見える。そしてリビングの仲間からも自分が見える。そっか。そういうことか。寝室に敷いた毛布を脱衣所に敷き直し、その上にジュサを寝かせた。ここがジュサの選んだ死に場所。その時を察知してか、バン以外、全員ジュサにお別れの挨拶をしに来てくれました。バンは近くに来ることはなくとも、往診で胸水を抜いている間も、死が訪れるまで誰よりもジュサの目の届く範囲にいてすべてを目撃していました。
腎臓と血小板以外はどこも悪くなかったので、丈夫な心臓やほかの臓器との折り合いがなかなかつかず、本当に脱皮できるのだろうかと心配もしたが、時が熟せば死は公平に、そして突然に訪れるものだ。
すやすや眠っていたジュサが突然の、そして1度きりの大発作で脱皮するまでの時間、ジュサと私は思う存分、充実した時間を過ごすことができました。低体温のため、ほとんどの時間を寝て過ごしてましたが、目覚めている時間は甘えたり甘えられたり、別れの挨拶をしたり受けたり。。。とっても静かで、「死を前にして、生きてることを実感できる」時間でした。

今までの介護では低体温というと命を脅かす危険な状態と思い懸命に温めてきましたが、もしかすると温める必要なんてないのかもしれない。低体温は敵ではなく、苦しさや辛さを軽減し、眠るように安らかに旅立つための大切な神様からの贈り物なんじゃないのかな?低体温になって静かで暗くて冷たい場所に行き、そこで長時間過ごすようになったら、それは旅立つ準備ができたよ、っていうサインかもしれない。ジュサ坊のことで低体温に対する考え方が変わりました。往診医にジュサ坊の最期を話しましたら、脱皮前の大発作は意識がない状態なので見た目は辛そうだけど、本猫は苦しんでいないそうです。低体温が功を奏し、でも絶対に猛烈な尿毒で苦しかったはずなんだけど、一度もその苦しみを表に表わすことなく旅立つなんて、まさに大往生だったと褒めてくださいました。

主が脱皮して抜け殻になり冷たくなったジュサのユニフォームは、どんなに保冷剤で冷やしても、時間が経過するごとに目に刺激を感じるくらいに強烈な尿毒臭を全身から発するようになりました。生きている間はいつものジュサ坊の甘くて麦わらのようないい匂いで、わずかに臭うのは透析の針の痕からにじみ出てくる未回収液だけだったし、最期の日の口臭だって、ほんのかすかに臭っただけだったのに…こんなにまで尿毒が体に充満していたのか…そんな中でジュサは立派に生き抜いた!この強烈なにおいはジュサの勲章です。よく頑張ったねと褒めてあげたい!こんな猫そうそういないよ、すごい奴だよって胸を張って自慢したいです。大満足です。

九十がジュサの脱皮したすぐ後とその翌日、風呂場の脱衣所で不思議な鳴き声をあげました。遠吠えのような音色。あれ以来、九十は大人びてまいりました。私を見つめるまなざしがめっちゃクチャ優しいです。バンも大好きなお世話係の死で、ここへ来たころに逆戻りするのではないかと心配でしたが、同居人が涙を流すときは必ずペトッと体をくっつけてくれたり、「よしよし」とでも言いたげに長いしっぽで頭をペシペシしてくれたり、バンの悲しみが伝わってくるようで、共にジュサを思う気持ちを共有できているみたいで、バンといるとと~っても優しい気持ちになります。おバカな七海以外の連中はジュサ坊の死を深く受け止め、喪に服しております。

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どちらとも脱皮前日のわが家の様子です。
退院後は毎日こんな感じで生活してました。




コメント
この記事へのコメント
薫さん、こんばんは。
ジュサ君と、とても素敵な時間を過ごされたんだな、と伝わってきました。

私は、去年9月、今年4月、先日11月9日と、一年ちょっとで三度の別れをしました。
それまでも別れはありましたが、一つとして納得はできていないです。
その時は精一杯やっているつもりでも、後悔は大なり小なり残っています。
その度に状況が違いますし、情けないことにいつも悩みうろたえてしまいます、、、。
見送った後、精一杯やったんだ、あれでよかったんだ、と必死に自分に言い聞かせてきた私なのです。
いつか見送った後、心から「一緒に最期まで楽しく生きた」って気持ちになりたいなぁ。
本当に幸せな時間を一緒にできてよかったですね。
ジュサ君も大喜びでしょうね♥️

千太組と薫さん、これからも穏やかに楽しく過ごされますように、、、♥️



2014/11/26(水) 22:04:13 | URL | ききょう #-[ 編集]
早いですねー
体調崩したじゅさ坊あっという間に虹の橋を渡り
千太組三人の待つ天国に旅立ち、もう初七日ですか!!

薫さんの優しさと強さ冷静さにビックリ、流石に看護のお仕事の
経験から冷静に判断対処、患者さんにもニャンコ達にも寄り添い
一番如何したら良いかを考え旅立ちを見送る;;;;
私には到底出来ないでしょう。

ただバタバタオロオロ、今から恐ろしいです。

今のとこミー子も腎サポ拒否ですが他のものは食べますし
水も沢山飲むし吐き気は無し尿もしっかり出してくれるし
ピョン太の咳もお薬で止まり落ち着いた様で一安心
このまま何事も無く過ごして行ければ嬉しいと思って居ります。

バン君の顎にきび、口内炎如何ですか早く完治すると良いですね

同居猫は仲間が病気で弱ったりすると判っていたわる様な仕草をすると
言う事聞いたこと有りますが、同居人の悲しみも判るのでしょう。
可愛い家族と少しでも長く楽しく(たまに苦労をしますけど)暮らしましょう
寒さの折御自愛下さい。
2014/11/26(水) 23:53:59 | URL | クリ子の母 #-[ 編集]
ききょうさんへ
こんばんは。
百次郎脱皮から2年ごとに看取り。
それだけでも辛いのに、1年で3度なんて。
ききょうさん、大丈夫ですか?
毎回、後悔はありますよ。
罪悪感だってありますとも。
多頭飼いだから、反省点や課題を次のこの時に
何とか活かすことで免罪符にしようとしています。
でもやっぱり次の時も何かしら心残りは出てきます。
だったら次こそ…この連続です。
看取り介護してるといつも驚かされます。
ジタバタしてるのはいつも人間だけ。
本当に辛くて苦しくて今にも命果てようとしている猫は、
どうして自分の運命をまるっと受け容れて、最期の瞬間まで
静かに穏やかな時間の流れに身を任せていられるんだろう。
もっとわがまま言ってくれればいいのに、いつも自分のことより
私ら人間のことを気にしてくれて。
切なくなります。自分が恥ずかしくなります。
凄いなぁ、猫って生き物は。
だから、ジタバタすることは止められそうもないけど、
だったらせめて泣き言は言わないように努力しようと。
悔む心に使う時間を全部、猫を褒めることに使おうと。
ごめんなさいと詫びる言葉を全部、
「よかった」「ありがとう」に変身さえようと。
納得いかない、後悔することを全部、今後の課題や反省点に
化けさせようと。
次の時には何とかもっといい別れ方にしよう、
と思うだけです。
この子の死を絶対無駄にしない。
次の子のために必ず役に立てる。
それくらいしか死んだ子に報いる方法が分からなくってね。
2014/11/27(木) 22:00:25 | URL | 薫@千太組 #jhHw6g8s[ 編集]
クリ子の母さんへ
早いですよね。
ジュサの四十九日はなんと正月7日(笑)
これまたあっという間に来ちゃいそうじゃないですか?
7日正月がこの世との別れの日なんてね。
複雑な心境で七草粥すすりそう。
介護や看護も早いもので10年選手になっちゃいました。
介護の仕事をしようとしたきっかけは千太郎。
両親もですが、それよりなにより千太の介護に備えたくて。
猫の介護のために人間の介護術を学び始めたんですよ。
それがこんな形で生業になるなんてね。
この職業に就いてからというもの、
死が特別なものではないことが分かりました。
生きるものすべていつかは通る道です。
ただ、両親を含め人間の看取りは平気なんですが、
わが家の猫たちの看取りは何度経験しても慣れませんけどね。
職業柄、少しは心落ち着いた対応ができるかもしれませんが、
気持ちは乱れっぱなしだし、最期の別れが怖くっておかしくなりそうですよ。
だから、「書く」ことにしてるんです。
百次郎の時からずっと、ノートをそばに置いて、猫の様子はもちろん、
気づいたこと、悔んだこと、失敗したこと、うまくいったこと、
反省点から今後に生かした方がいいことまでなんでも。
相談したり質問した時の主治医のアドバイスも。
ぜんぶ記録に残しておくんです。
書き殴りでいいんです。
その時の激情のまま書いちゃうんです。
今読み直すと怖ろしいような内容もあるけれど、
そんな中に「あ!これ使える!!」というヒントがいくつも見つかります。
そしてそれを次の子に生かそうとします。
この子の死は無駄じゃなかった。
次の子のより良い最期のために大いに役に立つ。
それだけでだいぶ落ち着きます。
初代の千太は食事を気にしてあげられなくて膀胱結石(ストラバイト)
を何度もわずらいとうとう慢性腎不全にしてしまったし、本当に
何も知らなかったから彼には相当ひどいことをしてしまいました。
老猫の飼い主さんのコミュニティをネットで探し出さなければ、
どうなっていたことか。経験者のアドバイスや愚痴泣き言を
聞いてくれる場所がなかったら…。
母さんも一人で悩まないでくださいね。
なにもかも自分一人で解決しようとしないでください。
介護は一人でするものじゃないですよ。

ミー子ちゃんたち、どうぞ元気で長生きしてね。
平穏で笑顔あふれる時間がずっと続きますように。
2014/11/27(木) 22:28:14 | URL | 薫@千太組 #jhHw6g8s[ 編集]
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