薫の野郎猫的日常
2017年06月01日 (木) | 編集 |



「もしも僕が話せたら(If I Could Talk)」
アメリカのショーン・ウェリング監督による作品で、2015年に数々の賞を受賞した。


君と話すことができたらいいのに。

 
どうか知って欲しい。

僕を救ってくれてありがとう。

愛してくれてありがとう。

君と過ごした日々のことは何もかも忘れないよ。

 
どうかどうか知って欲しい。

君が僕にしてくれたことすべてに、心から感謝しているんだ。

このことさえも・・・

 
たくさんの楽しいことがあった。

君が恋に落ちた瞬間も、家族が増えた瞬間も、僕は全部見てきた。

 
たくさんのすごい冒険もしたよね。

今でもあの晴れた日のことをよく覚えている。

あの日、僕はいつまでも走り続けられるような気がしたんだ。

 
その後、君と一緒に見上げた空の上の天国。

無数の星たちが僕たち二人に語りかけてきてくれたよね。

 
今、僕は年老いてしまった。

疲れたし、身体も痛い。

いよいよお別れの時がやってきたようだね。

君がここに一緒にいてくれて本当に嬉しいよ。

だから、僕は怖くない。

 
耳の後ろを掻いてよ、そこが好きなんだ

僕は大丈夫だよ。こうやって君がそばにいてくれたから。

大丈夫、何もかもうまくいくよ。

 
君と話ができたらいいのに。

だって、君は僕のために悲しんでいるから。

 
話すことができたら、きっと君に伝えられるのに。

僕は君のすべてに感謝しているんだよ。

一緒に過ごした日々は、本当に素晴らしい時間だった。


「犬を愛するまで、人の魂の一部は眠ったままなのだ」―アナトール・フランス
「もし天国に犬がいないのなら、私は天国じゃなくても、犬が待っている場所へ行きたい」―ウィル・ロジャース 


安楽死。                     


欧米ではこういう別れ方が一般的だけど、「成熟していない」日本では…。

染五郎がFIPになった時、主治医から安楽死も選択肢の一つと促されたことがあったけど…私にはできなかった。最後の最期まで自然のまま見送った。飼い主のエゴ、最期のエゴを通した。

私は法律で獣医師に最後の判断を委ねる国には住めないや。

やっぱりすべてを飼い主に任せてくれる日本がいい。