■老いの現場を歩く:2(マンスリーコラム)

 「自宅で穏やかな最期を迎えたい」。そんな願いをもつ人たちは多いのではないか。だが今の日本では、自宅や介護施設で安らかに亡くなる「平穏な在宅死」は、実は当たり前のことではないのだ。

 2013年の秋、神奈川県内の病院の救命救急センターに密着取材したときのことが、今でも強く印象に残っている。特別養護老人ホーム(特養)から心肺停止状態の90代の女性が運び込まれてきた。特養の職員が、施設内でみとりができないため、救急車を呼んだものと思われた。

 心臓マッサージや強心剤の投与など、できる限りの蘇生処置が尽くされた。だが心拍は再開しなかった。駆けつけた娘たちは、「できる治療を全部やってもらい、ありがたかった」と担当した救急医(51)にお礼を言った。

 この女性の救命処置の様子を見て、私自身の心境は複雑だった。娘さんたちは感謝していたが、本人はどう思っていたのだろうか……。心臓マッサージが繰り返される中、肋骨(ろっこつ)は折れていた。施設で安らかにみとることはできなかったのか。もしかするとご本人は、それを望んでいたのかもしれない……。救命に全力を尽くした医師らの献身には敬服する。だが、ちょうど同年代の自分自身の両親と重ね合わせて、様々な思いが交錯していた。

■救急現場の葛藤

 その2年後、お邪魔した済生会横浜市東部病院での勉強会で、まさに「超高齢社会と救命救急医療」がテーマになった。在宅患者が救急搬送され、不本意な最期を迎えている実態などが紹介された。

 講師を務めた同病院救命救急センター部長の山崎元靖医師(46)に、詳しく話を伺った。すると、こんな事例を紹介してくれた。

 ログイン前の続き重い肺炎の80代女性が搬送されてきた。気管切開人工呼吸器がつけられ、透析など濃厚な治療が行われた。女性は、約1カ月後に息を引き取った。実はその女性は、在宅医の訪問診療を定期的に受けていて、心臓マッサージや気管内挿管は希望せず、自宅で穏やかな最期を希望していたという。

 山崎医師は「果たして本人がこうした治療を望んでいたのか。かえって苦しみを与えているのでは、という葛藤があった」と率直な心境を吐露した。救急現場で家族は、医師から「全力を尽くして治療する」という選択肢を提示される。しかも短時間で返答しなければいけない。そうなると、たとえ家族が延命治療の拒否について決めていても、どうしても「全力を尽くしてほしい」と答えがちになる……。山崎医師は、救急現場での家族の心境をそう推察する。

 「不本意な最期」ともいえるケースは、ほかにもあるという。「在宅医が海外旅行中だったため、救急搬送され病院で最期を迎えた」「リビングウィル(延命治療の拒否などを事前に意思表明しておく文書)があったのに、知らずに挿管された」などだ。

■5割超が「異状死」扱い

 こうした実態は、数字に表れている。立川在宅ケアクリニック(東京都立川市)の荘司輝昭医師(51)が、訪問診療をする東京・多摩地域で2012年に自宅で亡くなった1106人を調査したところ、56%にあたる615人は、医師が「異状死」として届け出ていた。そして異状死扱いの30%が、老衰やがん、肺疾患などの慢性疾患で、医師が定期的に診ていれば、「病死」という診断書が作成でき、警察を呼ぶ必要はないケースだったという。

 「異状死」には、事故や事件、心疾患脳疾患などによる急性死のほか、死因を特定できない場合も含まれる。医師法では、遺体に異状があった場合、医師に24時間以内の警察への届け出を義務づけている。異状死扱いになると、警察は関係者への事情聴取や遺体の検視をして、事件性の有無を調べる。冒頭の救命救急センターの密着取材の際も、警察官が来て、救急医らに事情聴取する場面がみられた。自宅に警察官が来て、家族を事情聴取することもある。家族にとって「穏やかな最期だった」とは感じづらい状況になってしまう。

■家族が119番通報

 「家族側の意識・覚悟」の問題も大きい。在宅医は通常、家族に対し「様子が急変したら、まず在宅医か訪問看護師に連絡を」と伝えている。だが家族が突然のことに驚き、救急車を呼んでしまうことも少なくないのだという。ある在宅医は、こんなことを言っていた。「今は核家族化が進み、死を見るのが初めての人が多い。だから患者が衰弱していくことに耐えられず、119番通報してしまう。在宅みとりを実現するには、『本人が望む最期を迎えてもらうため、見ている家族がつらいという理由だけで、病院に連れていくことはしない』という覚悟をもてるかどうかだ」

 さらに言えば、行政や医療・介護職の側の「無知」もある。「自宅で死ぬと、かかりつけ医がいても警察を呼ばないといけない」といった誤解がいまだにあるのだという。実際私の取材でも、在宅医が定期的に診ていた患者が亡くなった際、ケアマネジャーが自治体職員の指示を受け警察を呼んでしまった、というケースがあった。

■「家族以上のケア」も

 「不本意な最期」を防ごう、という動きも出ている。地域の複数の在宅医が、自宅でのみとりを希望する患者をカバーし合ったり、市民にリビングウィルの書式を配ったりする取り組みだ。横浜市鶴見区医師会は、地域の病院や行政などと連携し、リビングウィルを普及させる活動をしている。同区医師会の訪問看護ステーションからサービスを受ける松本孝彦さん(81)は、リビングウィルに「終末期の心肺蘇生はしてほしくない」などと記してある。松本さんは「こうして書いておくことで、家族ともじっくり話ができ、自分が望む最期を迎えられるようになる」と話す。

 介護施設でも取り組みが進む。私が取材した特養「グリーンヒル泉・横浜」(横浜市泉区)では、2008年度から施設内でのみとりを実施している。グリーンヒル泉を含め多くの特養では、配置医が非常勤のため、みとりに対応するのが難しい。そこでケアマネジャーの小山輝幸さん(42)は、隣の区のみとり経験が豊富な在宅医に頼み込み、実現させた。「本人、家族が施設内での安らかな最期を望んでいるのはもちろん、職員の側も『長年心を込めてケアしてきたのに最期は病院に救急搬送されてしまった』ではモチベーションが落ちてしまう」と小山さんは言う。私は、この施設でみとりを経験したご家族3組に話を聞いたが、みなが口をそろえて「本人の希望を最期まで聞き、家族以上のケアをしてくれた」と感謝していた。

 人生の最期を住み慣れた場所で平穏に迎えたい――。私自身、3年弱「迫る2025ショック」の取材をする中で、そういう思いを強くした。それが全国どの地域でも、当たり前にかなえられるようにする必要がある。その実現のため、行政や医師会などは、こうした取り組みへの支援を強めてほしい。

 (次回の配信は2月9日の予定です)(佐藤陽)

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 佐藤 陽(さとう・よう) 1967年生まれ。91年朝日新聞に入社。大分支局、東京本社生活部、横浜総局などを経て、現在、東京本社Reライフプロジェクト主査。ここ15年ほどは、主に医療や介護をテーマに取材してきた。「迫る2025ショック」の新聞連載と連動し、医療系サイト・アピタルでは、在宅医療・介護のノウハウを伝える動画、「迫る2025ショック with you」(http://www.asahi.com/apital/channel/withyou/)に出演。早稲田大学理工学部非常勤講師も務める。

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 朝日新聞デジタル編集部「マンスリーコラム」係