薫の野郎猫的日常
2014年07月16日 (水) | 編集 |
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無事、3回忌法要を終えました。

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一区切りです。


もう1枚だって増えやしない。
彼の写真を眺めながら一人涙しております。
写真はだめだね。
やっぱり、まだまだ辛いです。









2013年07月16日 (火) | 編集 |
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染、
あれから一年経ちました。

一年前の今日は暑かった。
 
でも、もっと暑くてもいいくらいだったわ。

低体温だったお前、
空気の流れを作ろうと窓を開けるだけで嫌がって毛布に潜った。
エアコンなんてとんでもない。
窓を閉め切り、
一歩中に入れば毛穴から一気に汗が吹き出し、
呼吸するのも苦しくなるような隔離部屋の熱い空気の中で、
気持ちよさげに毛布の上に寝転がってた。

もっともっと暑くなれ。
暑くなればなるほど、染が喜ぶ。

真夏の暑さが、どれほどありがたかったことか。

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一年経った。

湿気で纏わりつくような暑さが、
今は愛おしく、
懐かしい。

記録的な暑さを戦友のように抱きしめる。

今も世界のどこかに、いるだろうね。
夏の暑さに助けられている低体温の猫が。
もっと暑くなれ、と天に祈る飼い主が。 


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染、
愛してる♥




2013年01月31日 (木) | 編集 |
今日で1月も終わり。
午前6時前、外気の冷たさの中に微かな春の息遣いを感じながら帰
宅。
やりがいはあるものの、この時間の仕事は堪えます。
冷気で頭が痛い(笑)
野郎どものお世話を済ませ、朝ご飯食べて、寝よっかなぁって思ったら

... けんちん汁に生姜を大量に投入したせいか眼が冴えて眠れない( ̄Д
 ̄;;

昨日、
ずっと日延べにしてきた染のマイクロチップ登録抹消手続完了。

死亡届に登録完了通知葉書のコピーを添付して郵送するAIPOの手続きのほかに、
MCを挿入した病院へ報告義務がある
ので、
6年ぶりに横浜の病院へ連絡。

電話に出た看護師さんに「いいご縁をありがとうございました」と
伝えられてよかった。
染がどんなに素晴らしいにゃんこさんだったか、
どんなに立派な最期だったか、
沢山褒めてあげられてよかった。

彼女も「最期まで愛してくれてありがとう」って。

2005年初秋、横浜のとあるお宅の軒下生まれ。
兄弟姉妹と一緒に保健所へ。
運よく保護団体に外へ出していただき、
病院預かりで里親探し。
運命の出会いにより世田谷へ。
やんちゃで元気で健康で医者要らずだったのに、
4歳になる前からガラガラと体調を崩し始め、
生検まで受けたけど不調の原因がわからず、
ステロイドを飲みながら原因不明の溶血性貧血と闘い続け、
あと半月で7歳になろうとする2012年晩夏、
FIPドライタイプで旅立った染五郎。

でも神経症状は5分間で治まった眼振1回だけ。
息を引き取るまで普段の凛とした染でいてくれました。

いい男でした。
素晴らしい野郎でした。
そして、
いまも変わらず大切な家族です。

昨年の7月16日に別れたけど、
でも昨日までMC登録抹消手続きだけは、どうしてもできなかった。

手続きしたら本当の別れが来るようで…
本当に別れなくてはいけない気がして…


それくらいFIPという病は強烈です。


染に降りかかった運命というには過酷すぎる現実を受け止めるまで、

「最期のお別れ」ができるまで半年かかりました。

【時薬】がじわじわと効いてきたみたいです。



2012年09月03日 (月) | 編集 |
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染五郎
お染さん
ソメソメ
ショメショメ
メェメェ
ソ~メンメェ~~~

色んな呼びかけに
いつもお前は「メ~~」って応えてくれた。

いつもそばにいてくれた。

小首を傾げてくれた。

可愛かった染。

でっかいお前の体はいまどこに?

きっと

私たちを見守ってくれているよね。

そばにいてくれるよね。

これからもずっと・・・。

ずっと一緒に。

区切りの時を迎えても尚

お前が恋しい。

恋しい・・・


☆幸四郎、六輔、七海へ
7月7日に8歳
9月1日に7歳と2歳
それぞれ誕生日を迎えたね。
本当はお祝いしなきゃならないんだけど
ごめんね。
決して忘れたわけじゃないんだよ。
お前たちに直接お祝いの言葉を言えたから
それで勘弁な。
許せ!

2012年08月23日 (木) | 編集 |
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5月24日の日記でご紹介した染と八雲のツーショット。

まさかこれがリビングで暮らす染最後の姿になるとは。

この日から3日後、眼振&即入院。

そしてその3日後、退院&隔離。

そして・・・脱皮。


4月1日に福島から八雲を迎え
運命的な新しい出会いに喜びました。 

でも
どうもこの出会いにはもっと深い意味があったようです。

染五郎最期のお仕事だったようなんですよ。
所謂 置き土産ってやつ。

思い返すに・・・
すべて
まるで何かに取り浸かれたように・・・
まるで何かに導かれるように・・・
まるで誘導されるように・・・
まるで何かに突き動かされるように・・・
八雲誕生へと動いていきました。
 
2月
八雲と出逢い
それでも1か月迷い
3月
やっぱり諦めきれず立候補。

震災後一度も里親になろうなんて思わなかったのに
なぜか八雲だけは違っていました。

染には時間が
残された時間が なかったから・・・

中々重い腰を上げようとしない私に
焦っただろうね、染。

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4月に八雲が我が家に来て
その1か月後、
この写真を撮った時
染はすでに恐ろしい病魔に侵されていたことを考えると・・・

偶然では片づけられない。

八雲は染から託された命

そう思って八雲誕生の頃の日記を読み返すと
迎え入れた経緯のなにもかもに
不思議な力が働いていたとはっきりわかる。

そう考えれば当時の私の突飛な行動に納得がいくのです。

染ったら・・・

自分の行く末を知っていたから、
もう先が長くないと知っていたから、
私を操って八雲を千太組へ招き入れた。

自分の身代わりのつもりかしらね。
返す返す猫という生き物は不思議なことをやらかすものですね。

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染を失った今
改めてこの写真を眺めると
染の思いが
八雲に託した染の思いが
この笑顔に込められた染の思いが
ビシビシ伝わってきて
涙がこぼれて仕方ない。

病に侵されていてもまだ元気だった染の最期の写真。
それが八雲とのツーショットなのは
決して偶然なんかじゃない。





震災が風化しつつあるように感じます。
取り残された動物達のことも。


これからも細々とではありますがフード支援や拡散活動の後方支援を続けていきたいと思います。
みなさま、どんな形ででも結構です。
被災動物救済、給餌活動をご支援くださいますようお願い申し上げます。

2012年08月20日 (月) | 編集 |
千太組に足を運んでくださっている皆様、
染、そして私へ心温まるコメントを残してくださった皆様。

百次郎の三回忌を無事済ますことができた安堵感からでしょうか、
それとも時薬のお蔭でしょうか。

無力感と悔しさに押し潰されそうだった心も少しずつではありますが
癒されてきたように感じます。

これも一重に千太組を見守ってくださっている皆様方のお蔭と
心より感謝申し上げます。

これからも千太組をよろしくお願いいたします。

今日あたりから頂戴しているコメントへのお返事を書き始めました。
が、やっぱり染の脱皮から4日までの日記にいただいたコメントにお返事が書けません。
千太や百の脱皮の時と明らかに違う感情。
長く生きてくれた命を失うことだって辛く悲しいのですが
若い命をこういう形で見送ることは喪失感という言葉で一括りに出来ないもっと別の感情。
その感情が邪魔をする。 
書こうと思っても言葉が出てこないのです。
頭の中に言葉が浮かばない。
言葉じゃなくてすべて、感情になって押し寄せてきて・・・。
気持ち先行でどう頑張っても冷静な自分ではいられなくなるから。

沢山のコメントを寄せていただいたのに。
ごめんなさいね。
そして、ありがとう。

寂しいとか辛いとかじゃなくて、助けてあげられなかった無力感と悔しさが残りました。
気がついた時はすでに手遅れ。
できるのは死なせてあげることだけ。
現在のところ一番難しい疾患の一つで、
しかも予防できる手段も皆無に等しい「医療の敗北」の病。
FIPという病気は私にとっても染にとってもまるで異次元。
看取りまでのあの時間もまるで異空間。
正直、今でも何が起きたのか全くと言っていいほど理解できていない状態です。
いや、理解できているはずなのにまるで分厚い鋼鉄の扉のむこうの出来事のよう。
中を覗こうとしても頑丈な鍵がかかっていて開けられない。
もう一人の自分があの時間を、あの出来事を封印してしまっている。

ただただ、染が居なくなったという現実と無力感と悔しさだけが真実。
息を引き取る直前まで凛としていた染の姿が余計に私を苦しめるんです。

看取るまでの感情があまりにも激しかった分
その後しばらくまったくの無気力、無感情になっていたように思います。
今でもその後遺症は残っています。

でもそれでいいのかもしれません。
それほどFIPという病は強烈かつ残酷です。
あの短期間ながら強烈な記憶を鮮烈なまま残しておけば心が壊れてしまう。

でもいつまでもこのままじゃ染が心配するし嫌がるから。
隔離部屋で毎日染の前で泣いていた私ですが
そんな私を染は脱皮する2日前まで懸命に染ごろにゃんして慰めてくれました。
泣いてる暇があったら撫でてくれ、と。 
病状が進行し衰弱が激しくなって普通動作が困難になり体力に限界が来るまで
三段階リクライニング方式の首傾げできょとんとした表情を見せてもくれました。
前足でちょいちょいと顔を撫でてもくれました。
声が出なくなってもサイレント・ミャウで必死に私にしゃべりかけてもくれました。
最後の最後まで陽気で優しい染でした。
だから少しずつ歩き始めます。

それに遺された野郎どもに恩返ししなくちゃ。
アイツらだって寂しいのを懸命に抑えて辛抱してくれたんだから。
ストレスを抱え込んだまま、それを表に出すこともできずにいた野郎ども。
抑えていたストレスが先日の日記に書いたように様々な症状となって出て来てます。
七海の真菌ハゲ再発も九分九厘、染のことでのストレスが原因。 
が、それも徐々に姿を消しつつあります。
アイツらがどんなに甘えてもぜんぶ受け止めてあげられる私が戻ってきたから。

染と遺された野郎どもの健気さと優しさに応えなくちゃね。

今日で五七日。
あれから35日。



2012年08月13日 (月) | 編集 |
☆みなさまへ
コメントいつもありがとうございます。
染へのお悔やみのコメントにお返事することできないかもしれないです。

染が脱皮してからというもの
おひとりおひとりにお返事差し上げることができないでいます。
ごめんなさい。
我ながら情けない。
だめですね~。
老猫の大往生と違って若猫を病気で失うことってこんなに心がひび割れるんですね。


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染が隔離生活を始めてから脱皮するまでの間
充分に愛情を与えてもらえなかっただけじゃなく
精神状態が不安定だった同居人に神経ピリピリだった野郎ども。

あの頃の野郎どもは可哀そうだった。

隔離部屋とリビングを仕切るドア越しに鳴きまくり
喜怒哀楽が異常だった同居人に怯え
気の休まる暇などなかったに違いない。

そのせいか・・・
全員
体重増えまくり⇒特に幸四郎(爆)

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ジュサ坊はトイレ以外でスプレー始めるし
(といっても毎日じゃないし、場所は決まっているから後始末は楽)

六も1回だけだが仕事部屋の隅で派手にシッコ。
(あれから二度と繰り返していない)
パーフェクトのホスト猫だったのに今では幻に・・・

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雷様も負けるほどうるさくゴロゴロ喉鳴らししていた七海はあれ以来まったく喉を鳴らさなくなった。
(今日あたりからやっとこさまたゴロゴロ言い始めて一安心)
可愛い顔が般若のような険しい表情に変化し・・・
(最近やっとこさプリティフェイスに戻りましたのでご安心ください)

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それに
介護生活開始からずっと八雲が鳴きやまない。
私の目を見つめたまま
私に向かって何かを訴えているように・・・
私の気持ちを確かめるように・・・
どこに行くにもついて回る。
以前のどっしり構えたフツ~の八雲に戻る日はいつ?

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な~んて言ってるけど
七八コンビの深夜&早朝の大運動会は健在なり。
最近は仕事部屋のトイレ周りで大乱闘Orz
まき散らす砂飛び散り防止のために敷いている大判防水シートに潜って・・・
そりゃ毎晩(朝)にぎやかですよ・・・

寿幸の「団栗の背比べ」的権力闘争も健在です。
千百のような絶対的権力もリーダーとして必要なセンスも皆無の寿幸。
どっちとも団栗。
だから決着がつかない。
一生つかない。
そろそろそれに気づけよ。

みんな、
染を看取るまでずっと辛抱してくれてありがとう。
元気そうに見えても
みんなそれぞれに心痛めているんだね。
ごめんね。

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少しずつ
ゆっくり
みんな協力し合って染の居ない生活に慣れようね。
染がいた頃のフツ~の生活に戻ろうね。
あの頃の元気で陽気な野郎どもに帰ろうね。
そして
新しい千太組を創り上げよう。




千太組に足を運んでくださるみなさま
同居人は野郎どもと一緒にゆっくりのんびり
心身のリハビリ開始いたします。
どうぞ見守ってくださいね。

2012年08月04日 (土) | 編集 |
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失ってみてわかる存在感の大きさ。
あいつだけにしかできない事。
あいつだけにしかやってあげられない事。
み〜んな失っちゃった。。。

染にしかやってあげられなかったこと、か・・・
 輸液でしょ
毎日の投薬でしょ
・・・
気が付けば医療費ゼロ。。。
病院と縁が切れた。。。
これが一番顕著な変化。
九分九厘、アイツだけだったんだよねぇ、年1回の検診以外の病院通い。

喪失感は拭いきれないけど
染が何年も実現できなかった
医者要らず
病気知らず
これだけは遺された野郎どものため是非ともキープしたいな!

といっても
私ができることは限られてるけどね・・・





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☆みなさまへ
7月16日から今日まで
沢山のコメントありがとうございます。
お返事できなくてごめんなさい。
でも、必ずお返事いたします。
いつになるかわからないけど・・・
発症以降の染のこと
染を奪った病気のこと
染との別れの時間
染の最期
何もかもをしっかりと受け入れるまで
すべてを冷静に考えられるまで
どうぞ、どうぞ
待っててくださいね。




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☆染と同じ、もしくは不治の病の猫さんと看病されている飼い主さんへ
なんと言葉を掛けていいのか・・・
老猫介護しか経験がなかった私。
本当は一度だって経験したくないことだけど
若猫を病気で看取る経験をしてみて
初めて知ったこと
学んだこと
感じたこと
考えたこと
たくさんあります。
染がFIPドライタイプと知ってから
片っ端から検索し
ブログや掲示板や医療記述ほか
それこそすべての情報をチェックしました。
でも・・・
経験して初めて知ったのですが
この病気って発症の仕方も余命も十猫十色。
染はFIPになる前からステロイドを服用していたから
病気の進行や発症の仕方がまったく違ったし。
薬だって治すためのものじゃないから
用量だって何を使うかだって決まってない。
マニュアルなんてないのと同じですね。
それに
いったん薬を飲ませれば死ぬまで使うのか
どこかで切ってしまうのか決断を迫られる。
使う薬は恐ろしく値段が張るものばかり。
迷い道ぐるぐる
答が出せないまま
時間だけが過ぎていく。

「今日よりベストな明日はない」

無情にも愛しい命は日に日に弱っていく。
外見も体力も昨日より悪化していく。

治ることはないんだなぁ。
近い将来、別れねばならないんだなぁ。
毎日、嫌というほど思い知らされます。

どんな最期が待っているのか
いつ次のステージに進むのか
 持病の溶血性貧血がどう絡んでくるのか
なんにもわからないまま無常に時が流れます。
発病すれば死を宣告されたのと同じ。
発症すれば即、看取り介護。
その上、
最初に発症した症状のまま息を引き取る保証がない。
もっと残酷な病状の変化を辿るかもしれない恐怖と不安。
そして
いつ何時その変化が襲ってくるかわからない恐怖と常に対峙せねばならない。
一番つらい残酷な発作に苦しみながら最期を迎えねばならないかも・・・

何もわからず
何も確実なものがなく
何の手応えも感じないまま
何の保障もないまま
目の前の愛しい命が弱り苦しむ姿だけは現実で・・・
飼い主の心と体は疲弊するばかり。
 
地獄ですよね。
生き地獄です。

隔離部屋での看取り介護でしたので
まるで異空間、異次元での出来事のようでした。
実は今でも・・・
現実味が希薄なような・・・
なんとも妙ちくりんな気分です。

どうぞ
「今」この瞬間を大切に。
私もこれからのことを考えて心乱れっぱなしでしたが
そういう時は無理にでも今、
目の前で確実に生きている愛しい命に
しっかり心を向け、
「今」できることだけ実行するよう心がけました。

闘おうとせず
どうすれば少しでも楽に死なせてあげられるか。
 そればかり考えてました。

他の猫さんはわからないけど
染は
私が闘おうとすればするほど苦しんだから・・・

「負けるが勝ち」

この病気に罹ったら私達にできるのはこれだけしかないのかな?

私達より誰より死を前にした愛しい命が一番苦しくて辛い。
なのに・・・
どうしてあんなに凛としているのでしょう。
どうしてあんなに愛嬌を振りまいてくれるのでしょう。
どうしてあんなに・・・

体は病んでも魂は病まず。

だからこそ私たちの悲しみはより深くなる。
心掻き乱される。
感動もする。


発病せず
キャリアのまま一生を終えることができなかった染。
だからといって
自分を責めることはしません。
だって何も悪いことしてないから。
あの病気は運命そのものです。
誰も悪くないです。

一種のロシアンルーレット。
誰がなってもおかしくない。
いつ発病するかわからない。
コロナウイルスの数が少なくても発病する猫はいるし
抗体価が10万以上でも発病せず元気な猫もいる。
原因だってあるようでないのと同じです。
だってこの病気ってなんにも解明されてないのですから。
原因が判明してたら治し方だってわかるはずでしょ?

猫の9割近くが持っている毒性が低いコロナウイルスから
猛毒で致死率が高いFIPウイルスに突然変異する原因。
ストレス、住環境が原因とか、
まるで飼い主の責任のようなことを仰る方がいらっしゃいますが
どういう根拠で仰っているのでしょう。

コロナウイルスの伝染し合いっこする多頭飼いに
FIPが発症する率が高いというのには一理あると思います。
コロナウイルスの母胎感染もあると思います。
染も恐らくは母胎感染。
(だから染の姉妹2頭の今がとても気になる。
どうぞ元気でいてくれ!
発病せず染の分まで長生きしてくれ!)

でも・・・

コロナがFIPに突然変異する原因が
ストレス?
住環境の急激な変化?
 上手く言葉にできないけど
私達だってそうですが猫だって
同じ環境で生活しててもストレスと感じる対象は猫それぞれ。
全く違う。
感じるストレスの強さだってそう。
猫の数だけそれぞれ。
そのストレスに対する対処能力だって。
猫の数だけ全く違うじゃないですか?

だから・・・

なったら仕方ない、と諦めることから始めるしか術がない。
私はそう思う。

そう思いながらも
「どうして?」
「なんで?」
今でも私はこの問いの答えを出そうともがいてます。
助けてあげられなかった無力感に苛まれています。
けど、答えなんて出せないです。
助けてあげたくても無理です。
この病が「医療の敗北」でなくなるまでは。

我が家の主治医が言うことにゃ
「この病気が完全に解明されるには10年20年じゃ足りないでしょうね」
だそうです・・・


だから・・・

もしほかの野郎が同じ病に罹ったら
染のように以前からステロイドを服用しているなんて好都合なことはないから
発病すれば染よりもっと強烈な発作が起きることは確実。
それもあって 
苦しむかもしれないけど染より短くて済むだろうから
薬は使わず自然に任せるかも・・・

2012年07月30日 (月) | 編集 |
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 染・・・
お前の名前を口にするとまだ胸がずきんと痛い。
涙が止まらない。

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染・・・
思い浮かべるお前の姿はまだ最期の姿。
でもそれじゃ供養にならないよね。

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染・・・
病気知らずの元気で健康なお前の姿。
想い出すならやっぱりそういう姿じゃなきゃ。

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染・・・
どうしてる?
元気かい?
幸せかい?

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染・・・
恋しいよ。
会いたいよ。
お前に会いたいよ。


帰っておいでよ、染。
戻っておいでよ、染。

2012年07月23日 (月) | 編集 |
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早いものです。
あれから七日が経ちました。

17日
染は隔離部屋から出て
住み慣れたリビングへ戻ってまいりました。

染への沢山のお花
お悔やみのお言葉
私への差し入れの数々
心より感謝申し上げます。

ありがとうございます。

染六_むぅきち補正 
約七年前の2005年9月
染六コンビ誕生によって
私の世界は一気に広がりました。

たくさんの猫友さんともお知り合いになることができました。

染六コンビは縁結びの神。 

染へ驚くほど多くのコメントを頂戴いたしました。
本来ならば
お一人お一人にお返事せねばならないところではございますが
まだまだ心揺れ動くことが多く
うまく言葉を紡ぎだすことができないでおります。
申し訳ございません。
この場にてみなさまに御礼申し上げます。

皆様の染に対するお気持ちに触れ
染だけでなく私も心慰められております。
揺らぐ心をしっかりと支えていただいております。

ありがとうございます。

これもまた
染六が繋いでくれたご縁です。

染、
お前って本当にレディ・キラーだね!
すごい人気だね。
素晴らしいね!
嬉しいね!
 よかったね。
ありがとね。


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今日の我が家の様子です。
主を亡くしたピンクのベッドが泣いています。
染が元気な頃は七海がベッドジャックしてましたが
FIPになって隔離部屋で過ごすようになってからは
誰もこのベッドで眠ろうとしなくなりました。
そして
 透明猫になってリビングに戻ってきてからも・・・
だ~れも使いません。

わかってるんですね。
染に何が起きたか。

問題山積の寿幸コンビですが
染が隔離部屋に移ってからというもの
幸四郎が積極的に表に顔を出し始め
最近では普通にこうして
みんなと一緒に過ごすようになりました。
もちろん
取っ組み合いや
ジュサ坊の調子っぱずれの浪曲は健在ですけど。
それでも回数は減りました。

これもまた
仲良しだった頃の千太組を心から愛していた
染五郎の取り成しなのでしょうか。

染、
ありがとね!