薫の野郎猫的日常
2016年10月19日 (水) | 編集 |
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昨夜の夢に、3周忌間近なジュサ坊が遊びに来てくれた。
体のぬくもりも、むちっとした肉付きも、あの独特の手触りも、
なにもかも生々しいほど今もこの手が覚えてる。
そしてジュサ坊のかぐわしき愛しい匂いも。
夢の中のジュサ坊は元気でした。
思い切り甘えてくれました。
夢の中の私は驚きもせず、触れ合ったり、抱っこしたり、
普通に相対していました。
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嬉しかった。

2015年11月19日 (木) | 編集 |
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ジュサ坊が脱皮して1年が経ちました。

思い出すたび涙が止まりません。
名前を呼ぶたび胸が熱くなって心の汗が流れます。

君がいなくなっても声は聞こえる。
名前を呼ぶと答えてくれる気がして。

あんな別れ方するなんてね…
あんな最期を迎えるなんてね…

お互い辛かったね。

でも君の最期のあの神がかった悠然とした姿。

まるで大草原の老いたライオンのようだった。

私も、最期を迎えるときはああでありたい!


ジュサ坊、愛してる!!!
たとえどんな姿になろうとも、
ずっとずっと、一緒にいような♪






2015年01月06日 (火) | 編集 |
正月7日だと思い込んでましたが、
猫友さんから教えていただき確認しましたところ、
ジュサ坊の忌明けは今日、6日なんですね。
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寿三郎、ジュサ坊、ジュサ、寿さん、寿ちゃん。。。
ニコリン、ジュサ君。。。

まだまだ涙は渇かず。
名前を呼べば胸キュンだし。
愛しいあの声を思い出すたび目の前がかすんでくる。
鼻の奥がツーンとしてくる。
我慢は禁物。
泣きたいときは泣くようにしてます。
でも仕事中はまずいから、自転車で移動するときに泣くようにしてます。
年末年始は仕事漬けだったけど、巷が仕事始めだった昨日から3連休。
だから…
家にいるときには我慢しません。
でも大声出したらご近所迷惑になるかもしれないから声を殺して泣きます。
バンがずっと寄り添ってくれてました。
その優しさで余計に泣けてきます。
昨日泣き過ぎて今朝は偏頭痛だし目がお岩さんだし大変なことになってます。
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ジュサ坊。。。
私の一番大切な子。
依怙贔屓と言われてもいい。
私にとって一番大切な子。
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お前がいない生活に慣れる時が来るまで
このまま泣き虫の同居人でいさせてください。






2014年11月27日 (木) | 編集 |

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寂しいです。

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19歳の千太郎と16歳の百次郎の老猫コンビしかいなかった我が家の前のゴミ集積所で、

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不燃物と一緒にゴミ袋に入れられて泣いていた3週齢にも満たない小さな寿三郎。

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老猫じゃ元気な子猫の遊び相手にはなれないからと、同い年の幸四郎を迎え入れ…

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ジュサ坊との出逢いがなかったら、今の「千太組」は存在していなかったんですよ。

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彼が野郎猫集団の本当の意味の生みの親です。







2014年11月26日 (水) | 編集 |
寿三郎が脱皮してもう初七日。
千百染に比べ、あっという間の七日間。
出逢いも突然なら別れも突然。
なにもかもがまるで夢のよう。

15日に退院して19日に脱皮するまでの4日間もまるで夢のよう。この日を待っていたかのように、飛び切りの美しい放物線を描きながら落ちていきました。

きっちり治って20年選手で元気に生きられる方法があるんだったら、病院でも家でもどんなことでもすると思うけど、どんなにジタバタしても着陸地点がここなら、家だけは安らぎの場所でありたいと思った。ジュサ坊が六輔みたいに静脈点滴3日ですっきり治らなくても、慢性腎不全に移行してもいいからと頑張った。私も主治医も急性腎不全なら治る見込みがあるからと、静脈点滴3日で諦められなくて、家に帰りたがっていたジュサ坊を「もっともっと」と1週間も病院に留め置き、腹膜透析までしたから。本当はわかっていたはずだ。ジュサが長くは生きられないんだってこと。あの時の感情は「希望」なんかじゃない。ただの「未練」であり「執着」であり「欲」だ。だから、せめて、在宅では我欲じゃなく、ジュサのやりたいように、快適に生活できるよう胸水だけは抜くけど、あとは好きなようにさせてあげたくて。。。

正直なところ、静脈点滴しても全く数値が下がらないどころかどんどん上昇してくる腎臓数値に、入院半ばごろから、慢性腎不全に移行することはないんじゃないか、きっとそんなに長くは生きられないと心の片隅では思っていたので、退院してからの記録は新しいノートではなく、百次郎の記録ノートの残りのページを使いました。

病気と言っても日ごと容赦なく上昇し続ける腎臓&どこからかの出血で減り続ける血小板以外、入院前は高かった肝臓も数日間でしっかり基準値に戻ったりして、退院の日には腎臓と血小板以外、全く問題ない数値のままだったので、どんな最期になるのかほとんど想像がつかないまま。低くなりつつあったPCV赤血球も退院前にはしっかり35過ぎる数値に戻ってまして、本当にジュサ坊は死ぬのか、って半信半疑。帰宅してから翌日まではキャットタワーに上って祠で休んだり、寝室のベッドに上って毛布に潜って眠ったり、行きたいところへ好きなだけ歩いて移動したり。体力あるんだ、って驚いてました。お水も生まれつき飲み方が下手だったし、下手なりに踏ん張って自力で飲んだり、シリンジでサポートすれば、ゴクゴク喉を鳴らして相当量飲んでもくれました。

でも、11月16日。
厳密にいうと11月17日の午前2時。
夜間往診の先生に来ていただき、歯茎が真っ白だったり、呼吸の具合で胸水が溜まっているということで、抜いていただきました。左右で145ml。退院する日に50㎖抜いてもらったはずなのに。その上、体温33度。低体温は気が付いてました。触れると冷たいし、冷所に行きたがっていたから。往診医はすぐにでも室温を上げて体を温めるよう言いましたが、私はそれを断りました。もう体を温める必要を感じなくなっているのかも、体が温まることが苦痛になっているのかも、と感じてましたから。往診医は帰りしな、「このまま低体温と尿毒の力を借りて苦しまずに旅立ってくれればいいね」と。

11月17日。
朝、トイレに行っても方向転換が難しくヘタるようになりました。水飲みサポートしてももう舌がうまく動かなくなりつつありました。暖かいリビングより、床暖が効いていない水飲み場や寝室ベッド下や風呂場の脱衣所にいる時間が長くなりました。お昼前にはもう上手に歩けなくなってました。後ろ足が思うように動いてません。トイレはまだ自分で行けるし、踏ん張ることもできます。午後3時近く、冷えた体を温めるため、よろけながらリビングの猫ベッドへ戻りました。午後5時過ぎ、水飲み場がある台所のキッチンマットで排尿。とうとうトイレ以外で排泄するようになってしまった。排尿後、懸命に立ち上がり踏ん張って一口、自分で水を飲めました。そしてへたり込む。シリンジで飲ませようとしても拒否。午後8時、夜間往診で胸水を抜く。左右で175㎖。主治医も自宅輸液はしないと断言していたが、実はこっそり隠れて皮下輸液をしているのではないかと疑うほど、往診の獣医さえ驚くほど貯まっている。2日待っていられないほどのスピードで貯まる胸水。明日の予約をする。胸水を抜いてもらったのがよかったのか、トイレまで歩いて用を足したり、水を自力で飲んだり動きが活発。でも、23時58分、猫ベッドで排尿。。。尿の臭いは無臭なのに、透析の翼状針痕からじわじわとにじみ出てくる回収できなかった透析液の臭いは強烈なおしっこの老廃物の臭い。それが悲しい。

11月18日。
生きることを頑張っているジュサ。今日明日中にはお迎えが来るだろうと言われながら…往診の先生も仰ってましたが、まるでどこも悪くないみたい。老衰で旅立つような感じ。浦島太郎じゃないけど、それまで元気だったジュサがあっという間におじいちゃんになって老衰になって眠っているみたい。そう、老猫介護してる感じなんです。15日に静脈点滴も透析もストップしてるし、自宅で皮下輸液もしていないから、体中老廃物だらけだろうし、生きる時間が長引くほど容赦なく尿毒は増え続けるばかり。なのに、吐き気もないし、痙攣もない、口呼吸もしない。入院中に吐き気が始まったと報告があったのはきっとストレスからくるものだったのだろうと思う。家に帰ってからは安らかで静かで穏やかな時間だけが流れている。もうトイレに行って用を足すことはほとんど見られなくなった(ゼロではないけど)。よろけながらリビングから出て玄関まで移動したので、抱っこして寝室ベッド下へ移した。「ここじゃないよ!」と自力で風呂場の脱衣所へ移動。そこでジュサ坊の大好きな「イングリモングリ」や「顎コチョコチョ」して過ごした。小一時間して、自力で寝室ベッド下にもぐり眠る。そのままにしてしばらくその場所を離れる。小一時間後、なんだか胸騒ぎがして寝室へ行くと、ベッド下で必死な形相をしたジュサが動きづらくなった体で懸命にベッド外へ出ようとしていた。手を伸ばせば届くところまで来たところで力尽きたので、両前足を持って引きずり出し、死体のように冷たくなりぐったりしているジュサをリビングの猫ベッドへ運ぶ。ジュサが自らカーペットへ移動し、唸りながら、歯ぎしりしながら蘇生。百次郎の最期の日、百が自らの意志で低体温の体をもっと冷やすために冷たい場所でグッタリと横になっていたのを、わざわざ暖かい場所に移し、湯たんぽで温め蘇生させ、それから脱皮するまでの約2日間、肺水腫で死の苦しみを与えた私。なのにまた性懲りもなく同じ過ちを繰り返すつもりか?ジュサをあのままにしてあげたら、きっと脱皮できた。なのに・・・。蘇生した後も全く苦しむ様子がなかったので、肺水腫にはなっていない様子。入院中の静脈点滴液、「いつ肺水腫になってもおかしくない」と往診の獣医師も心配していたくらいの量が体内にまだ貯留しているというのに。夕方5時、もう歩けなくなっていました。夜8時、往診で胸水を170㎖近く抜く。死が近い子が連日こんなに胸水を貯めることは珍しいとのこと。きっと脱皮に邪魔なんでしょう。重たくてうまく高く飛べないから、抜いてくれる場所に必死に貯めこんでいるのだと思う。怖ろしいほどのレベルであろうと想像できる尿毒症にも拘らず、吐くことも痙攣も口呼吸もしない。このことも獣医師にとって珍しいとのこと。たま~にいるらしいけど、そうそうお目に罹れないとのこと。ジュサらしいや。すべて低体温のおかげかもね。眠るように脱皮できるかな?体重もやっとこさ4.98キロまで減ったことだし、明日あたりに苦しまずにあっちの世界へ行けるかな?
体を冷やしに水飲み場に行き懸命に水を飲もうとしたが体が言うことを聞いてくれない。その場に横たわっているジュサに手で水をすくって指から滴り落ちる水滴を1滴ずつ口に含ませるとおいしそうに喉を鳴らして飲んでくれた。きっとこれが末期の水。

11月19日
早朝、抱っこしてトイレ介助。そこで気が付きました。今日初めて口の臭いが尿毒臭に変化してました。
今日、ジュサの体を冷やしたままにします。このまま脱皮させます。その努力をします。日を追うごとに尿毒が増え続け、低体温が進行しているジュサだから、もうほとんど苦痛にしか感じなくなっている「体を温める」時間を今日でストップします。いつものようにリビングから冷たい場所へ動こうとしたので抱っこして寝室へ連れて行きました。もし自らベッド下に潜り込んだらもう昨日のように引き戻したりしません。すべてジュサの思うままに。自然の力にゆだねます。
「何もしない介護」ジュサ坊のような子には最適だった。ただ胸水を毎日抜いてもらうだけ。他は日常生活の中で落ちていくのを見守るだけ。日々弱っていくジュサ坊がありのままの姿でみんなに交じって同じ時間を共有し、共に生活している。そんな形の看取りもいいね。緩やかに、確実に「できないこと」が増えていくのを受け容れ寄り添うだけのケア。あと、夜間往診を頼んだことで、千百染では味わえなかった安らぎの時間が保障された。料金はお高いけど、価値はプライスレス。通院のストレスから完全に解放され、在宅で安心して看取ることができる安心感って何にも代えがたい貴重なものです。
お昼前、自力で風呂場の脱衣所に移動。どうしてここなんだろう。まさか、ここならどんなに汚しても後掃除が簡単だから?気遣いの男でもまさかここまでは思わないよね。ふと、ジュサ坊の視線と同じ目線で見てみて納得。ここならリビングが見える。そしてリビングの仲間からも自分が見える。そっか。そういうことか。寝室に敷いた毛布を脱衣所に敷き直し、その上にジュサを寝かせた。ここがジュサの選んだ死に場所。その時を察知してか、バン以外、全員ジュサにお別れの挨拶をしに来てくれました。バンは近くに来ることはなくとも、往診で胸水を抜いている間も、死が訪れるまで誰よりもジュサの目の届く範囲にいてすべてを目撃していました。
腎臓と血小板以外はどこも悪くなかったので、丈夫な心臓やほかの臓器との折り合いがなかなかつかず、本当に脱皮できるのだろうかと心配もしたが、時が熟せば死は公平に、そして突然に訪れるものだ。
すやすや眠っていたジュサが突然の、そして1度きりの大発作で脱皮するまでの時間、ジュサと私は思う存分、充実した時間を過ごすことができました。低体温のため、ほとんどの時間を寝て過ごしてましたが、目覚めている時間は甘えたり甘えられたり、別れの挨拶をしたり受けたり。。。とっても静かで、「死を前にして、生きてることを実感できる」時間でした。

今までの介護では低体温というと命を脅かす危険な状態と思い懸命に温めてきましたが、もしかすると温める必要なんてないのかもしれない。低体温は敵ではなく、苦しさや辛さを軽減し、眠るように安らかに旅立つための大切な神様からの贈り物なんじゃないのかな?低体温になって静かで暗くて冷たい場所に行き、そこで長時間過ごすようになったら、それは旅立つ準備ができたよ、っていうサインかもしれない。ジュサ坊のことで低体温に対する考え方が変わりました。往診医にジュサ坊の最期を話しましたら、脱皮前の大発作は意識がない状態なので見た目は辛そうだけど、本猫は苦しんでいないそうです。低体温が功を奏し、でも絶対に猛烈な尿毒で苦しかったはずなんだけど、一度もその苦しみを表に表わすことなく旅立つなんて、まさに大往生だったと褒めてくださいました。

主が脱皮して抜け殻になり冷たくなったジュサのユニフォームは、どんなに保冷剤で冷やしても、時間が経過するごとに目に刺激を感じるくらいに強烈な尿毒臭を全身から発するようになりました。生きている間はいつものジュサ坊の甘くて麦わらのようないい匂いで、わずかに臭うのは透析の針の痕からにじみ出てくる未回収液だけだったし、最期の日の口臭だって、ほんのかすかに臭っただけだったのに…こんなにまで尿毒が体に充満していたのか…そんな中でジュサは立派に生き抜いた!この強烈なにおいはジュサの勲章です。よく頑張ったねと褒めてあげたい!こんな猫そうそういないよ、すごい奴だよって胸を張って自慢したいです。大満足です。

九十がジュサの脱皮したすぐ後とその翌日、風呂場の脱衣所で不思議な鳴き声をあげました。遠吠えのような音色。あれ以来、九十は大人びてまいりました。私を見つめるまなざしがめっちゃクチャ優しいです。バンも大好きなお世話係の死で、ここへ来たころに逆戻りするのではないかと心配でしたが、同居人が涙を流すときは必ずペトッと体をくっつけてくれたり、「よしよし」とでも言いたげに長いしっぽで頭をペシペシしてくれたり、バンの悲しみが伝わってくるようで、共にジュサを思う気持ちを共有できているみたいで、バンといるとと~っても優しい気持ちになります。おバカな七海以外の連中はジュサ坊の死を深く受け止め、喪に服しております。

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どちらとも脱皮前日のわが家の様子です。
退院後は毎日こんな感じで生活してました。




2014年11月23日 (日) | 編集 |
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寿三郎が体調を崩し入院、闘病、そして脱皮。
2週間という短い時間ではありましたが、
いつの日も暖く声をかけてくださった皆様に、
改めて心の底よりお礼申し上げます。

向こうの世界の住人が徐々に増えてまいりまして、
頂戴したお花を供えるスペースが窮屈になってきました。

ジュサ坊の周りはまるで春のよう!
部屋中いい香りに包まれております。

ありがとうございます。





2014年11月21日 (金) | 編集 |
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ジュサ坊のユニフォームは清々しく澄み渡った空へとお返しいたしました。
同居人としての最後のお役目を無事に果たせました。

向こうで調子悪くなったところとか、
シュウ酸カルシウムができる体質とかを直してもらい、
ユニフォームを待って順番待ちしてる子のもとへ
届けてほしいと思います。

ジュサは本当によくできた野郎でして、
晴れの門出にふさわしい今日のこの青空もですが、
人間様のお寺がペット斎場も経営していることもあり、
昨日突然に予定が入った人間様のお葬式と重なってしまったため、
お骨上げまでの時間を過ごす場所が、
染の時の大部屋ではなく、
個室の特別室に予定変更されてました。
ジュサを待つ時間、丁度お葬式が始まり、
思いがけずありがたいお経やお香を嗅ぐことができてありがたかったです。

自分が骨になる時まで
私のことを気にかけてくれる気遣いの男です。

どこまでできた野郎なんだ!

待ち時間、
色々と考えたことといえば、
涙は流れても浮かんでくるのは前向きなことばかり。

愚痴や泣き言を一切言わず、
私がくよくよすることも大っ嫌いだったジュサ坊が導いてくれました。

それに、
看取った野郎の数が増えるたび、
私も少しずつ成長することができたかな。

染の時より短い時間に感じました。

ジュサ坊、
なにからなにまでありがとね!

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千太郎と百次郎を知る唯一の生き残りになってしまった幸四郎。
ジュサの前で神妙な面持ち。
肩を落としているようにも感じます。
最期の日の前日に、ジュサ坊が何か幸四郎に話してました。
あれはいったい何を伝えたのか…






2014年11月20日 (木) | 編集 |


涙雨ですね。

何度も繰り返しこの歌を口ずさんでます。

歌詞がジュサ坊と私の気持ちにぴったりと寄り添ってくれます。

ジュサ坊!

痛みも苦しみも全部ユニフォームに残し、

明日、思い切り高く空に向かって駆け昇っていけ!!







2014年11月20日 (木) | 編集 |

明日、11月21日午前9時にお迎えが来て、10時からユニフォームを天にお返しする儀式を始めます。

思い切り頑張って彼も思い残すことはないのでしょう。

それはそれは安らかで綺麗で可愛い普段通りの「ニコリン」ジュサ坊の寝顔で、リビングの仲間たちのそばで眠っています。

本当に…まるで眠っているような、息遣いが聞こえてくるような姿です。

染の寝顔もきれいでしたが、それに輪をかけて美しいです。

脱皮した後の体の冷たさも、退院後に極度の低体温だったから、生きてる時とあまり変わらないくらい。

まだ10歳7ヶ月と若いし、腎臓の石灰化以外にどこも悪くなくて、発症するまでシュウ酸カルシウムが悪さをして血尿や膀胱炎には悩まされたけど、それ以外は全くの健康体で、今年6月の血液検査の数値だって全く問題なかったし、何より闘病生活がわずか2週間だったせいなんでしょうかね。

一見するとどこも悪くないみたいに体のどこにもダメージがない。

入院当時5.12キロだった体重が、亡くなる前夜に胸水を抜いてもらった後は4.98キロでしたし、体内にはまだまだ入院中に受けた静脈点滴液が相当量貯留していたこともあるのかしら。2週間、ほとんど食べてないのにふっくら肉付きもいいし、毛の艶もいい。肝臓にほとんどダメージが来る前に脱皮したから白毛も真っ白なまま、日の光を浴びてキラキラ輝いてます。

入院中、点滴ばかりで口から水を飲んでいなかったせいか、家に帰ると毎日、最期の日まで水飲み場で水を飲もうとしてました。喉がカラカラだったんでしょうね。少しでもシリンジから飲んでもらうことができてよかったです。

家猫にとって一番の幸せを感じる場所はやっぱり住み慣れたお家。ジュサ坊も帰宅してからの時間は短かったけど、本当に嬉しそうでしたよ。

退院してからの短いけどそれはそれは素敵な時間については、明日以降にまた書きます。

今までどの猫とも共有することができなかった夢のような静かで穏やかな時間でした。

本猫の状態や病状、そして性格でお世話する中身は全く違ってまいりますので、ジュサ坊と私の最期の時の過ごし方が皆さんと猫たちにすべて役に立つとは思いません。

が、私たちが経験したこともまた看取り介護の際の一つの選択肢として心の片隅に置いていただけるのでしたら、こんなに幸せなことはありません。

だから、わずかノート数ページだけの記録ですが、ジュサ坊の介護ノートを読み返しながら、このブログに記録しておこうと思います。

では、明日までの時間は、「本当のジュサ坊」が脱皮して、もはや抜け殻になってしまった、でも、私が愛してやまない大好きなジュサ坊の見慣れたユニフォームとお別れする時間にさせていただきます。

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2014年11月19日 (水) | 編集 |
寿三郎は今日、午後4時12分 脱皮いたしました。


11月5日、初めて吐き始めてから数えて丁度2週間目の今日
ジュサ坊は使いこなせなくなったユニフォームから脱皮。
晴れて透明猫として千太組を護りつづけます。


皆様には熱い応援ありがとうございました。

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